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遺産中の特定財産の持分権の譲受人による分割請求

最高裁昭和53年7月13日判決(最高裁判所裁判集民事124号317頁

共同相続人の一人が相続財産に属する不動産の共有持分を譲渡した場合と民法905条

       理   由

 上告代理人板野尚志の上告理由第二点について
 共同相続人の一人が遺産を構成する特定の不動産について同人の有する共有持分権を第三者に譲り渡した場合については、民法九〇五条の規定を適用又は類推適用することはできないものと解すべきである。これと同旨の原審の判断は正当であつて原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 同第一点について
一 本訴における被上告人の上告人らに対する予備的請求は、被上告人が上告人らの先代亡藤田聯蔵の遺産に属する原判決別紙第二目録記載の各土地について共同相続人の一人である上告人藤田トシが有していた共有持分権六分の二の半分、すなわち六分の一を取得しその共有者となつたと主張し、上告人らとの間で民法二五八条に基づき右各土地を分割し、原判決別紙第一目録記載の各土地(以下「本件係争地」という。)を被上告人の所有と定めることを求めるとともに、右のように定められることを条件として上告人らに対し本件係争地につきそれぞれ共有物分割を原因とする共有持分の移転登記手続を求めるものである。そうして、右請求につき、第一審は、共同相続人の一部から遺産を構成する特定不動産の共有持分権を譲り受けた第三者が共同相続人間の協議又は家庭裁判所の審判手続による遺産分割前に右特定不動産について共有物分割の訴を提起することは許されないことを理由として、共有物分割を求める部分の訴を不適法として却下するとともに、分割を前提とした持分移転登記手続を求める請求を理由なしとして棄却したが、これに対し、原審は、右予備的請求を適法と解し、右請求の全部につき第一審判決を取り消して第一審に差し戻す旨の判決をしたことが明らかである。
二 しかしながら、原審の確定した事実関係によれば、上告人トシと上告人トシからの買主で被上告人に対する売主でもある訴外吉田朝次との間で締結された売買契約の目的となつた土地は、第二目録記載の土地全部ではなく、同目録記載の土地のうち本件係争地のみであり、したがつて、被上告人が吉田朝次から買い受けて取得した権利は上告人トシが本件係争地について有していた共有持分権六分の二にすぎないというのである。
 そうだとすると、被上告人は、第二目録記載の土地中本件係争地を除くその余の土地については共有持分権を有しない筋合であるから、右土地部分については共有物分割の訴を提起する当事者適格を有せず、したがつて、該訴を不適法として却下し、また、右分割を前提とする共有持分移転登記手続請求を理由なしとして棄却した第一審判決は、右土地部分についての請求に関しては結局正当であることに帰し、原審は、その限度では被上告人の上告人らに対する控訴を棄却すべきものであつたというべきである。してみれば、原判決には右の点において共有物分割の訴における当事者適格の解釈を誤つたか、又は理由齟齬の違法をおかしたことになるから、同旨をいう論旨は理由があり、原判決主文第一項中、原判決別紙第二目録記載の土地のうち本件係争地を除く部分につき第一審判決を取り消した部分は破棄を免れない。
 次に、職権をもつて調査すると、訴外吉田朝次が本件係争地につき上告人トシが有していた共有持分権六分の二を同上告人から買い受け、次いで同訴外人からさらに被上告人がこれを買い受けたことは前記説示のとおりである。そうだとすると、上告人トシは、本件係争地についてはもはや共有持分権を有しないことに帰するから、その共有物分割の訴につき当事者適格を有しないことは明らかであり、したがつて、本件共有物分割の訴を不適法として却下し、また、右分割を前提とする共有持分移転登記手続請求を理由なしとして棄却した第一審判決は上告人トシとの関係においては本件係争地部分に関しても結局正当であるから、原審は、被上告人の上告人トシに対する控訴をこの点についても棄却すべきものであつたというべきである。してみれば、原判決には右の点においても共有物分割の訴に関する当事者適格の解釈を誤つた違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決主文第一項中、本件係争地につき第一審判決を取り消した部分は上告人トシとの関係においては破棄を免れない。
 そうして、以上の説示によれば、第一審判決中、原判決別紙第二目録記載の土地のうち本件係争地を除くその余の土地につき、共有物分割の訴を却下し、右分割の訴を前提とする共有持分の移転登記手続請求を棄却した判断は上告人ら全部との関係において、また、本件係争地につき、共有物分割の訴を却下し、右分割を前提とする共有持分の移転登記手続請求を棄却した判断は上告人トシとの関係において、いずれも結局正当であつて、被上告人の控訴は理由がないことに帰するからこれを棄却すべきである。次に、原判決中、(1)被上告人の主位的請求につき上告人トシに対する関係において本件係争地の共有持分六分の一の移転登記請求を認容した部分に対する上告人トシの上告並びに(2)被上告人の予備的請求のうち、六分の一の共有持分権に基づき本件係争地の分割を求める訴及び右分割を前提として共有持分移転登記手続を求める訴についてされた第一審判決を取り消し第一審に差し戻すべきものとした部分に対する上告人トシを除くその余の上告人らの上告は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 岸 盛一・岸上康夫・藤崎萬里・本山 亨)

株式等の共同相続

最高裁 平成26年2月25日判決( 最高裁判所民事判例集68巻2号173頁 )

被相続人が預金,株式,国債などの金融商品を有していた場合,相続によりその金融商品の帰属はどうなるか

       主   文

 原判決を破棄する。
 本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 上告代理人村井正昭の上告受理申立て理由について
 1 原審が確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
 (1) 上告人ら及び被上告人は,いずれも平成17年9月30日に死亡した亡Aの子である。亡Aの法定相続人は,上告人ら及び被上告人の4名であり,その法定相続分は各4分の1である。
 (2) 被上告人は,亡Aの遺産の分割等の審判を申し立て,第1審判決別紙有価証券目録(以下「本件有価証券目録」という。)記載1及び2の国債(以下「本件国債」という。),同目録記載3から5までの投資信託受益権(以下「本件投信受益権」という。)並びに同目録記載6の株式(以下「本件株式」といい,本件国債及び本件投信受益権と併せて「本件国債等」という。)をいずれも上告人ら及び被上告人が各持分4分の1の割合で共有することを内容とする遺産の分割等の審判(以下「本件遺産分割審判」という。)がされ,同審判は,平成21年3月25日,確定した。
 2 本件は,上告人らが,被上告人に対し,①主位的請求として,本件国債等の共有物分割を求めるとともに,②主位的請求に係る訴えが不適法とされた場合の予備的請求として,本件国債及び本件投信受益権につき上告人らと被上告人が4分の1ずつ分割して取得することができるようにする手続を行うこと並びに本件株式につき上告人らが4分の1ずつ分割して取得することができるよう名義書換手続を行うことを求める事案である。
 3 原審は,①上記主位的請求につき,本件国債等はいずれも亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割され,共同相続人の準共有となることがないから,本件遺産分割審判は,本件国債等が4分の1の割合に相当する金額,口数又は数に分割されて上告人ら及び被上告人に帰属している旨を確認したにすぎないものと解するのが相当であるなどとして,主位的請求に係る訴えを不適法なものとして却下し,②上記予備的請求については,上告人らが,被上告人に対し,実体法上,上告人らが主張するような権利を有するものとは認められないとして,予備的請求に係る訴えを不適法なものとして却下した。
 4 しかし,上記主位的請求に係る原審の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 株式は,株主たる資格において会社に対して有する法律上の地位を意味し,株主は,株主たる地位に基づいて,剰余金の配当を受ける権利(会社法105条1項1号),残余財産の分配を受ける権利(同項2号)などのいわゆる自益権と,株主総会における議決権(同項3号)などのいわゆる共益権とを有するのであって(最高裁昭和42年(オ)第1466号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号804頁参照),このような株式に含まれる権利の内容及び性質に照らせば,共同相続された株式は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである(最高裁昭和42年(オ)第867号同45年1月22日第一小法廷判決・民集24巻1号1頁等参照)。
 (2) 本件投信受益権のうち,本件有価証券目録記載3及び4の投資信託受益権は,委託者指図型投資信託(投資信託及び投資法人に関する法律2条1項)に係る信託契約に基づく受益権であるところ,この投資信託受益権は,口数を単位とするものであって,その内容として,法令上,償還金請求権及び収益分配請求権(同法6条3項)という金銭支払請求権のほか,信託財産に関する帳簿書類の閲覧又は謄写の請求権(同法15条2項)等の委託者に対する監督的機能を有する権利が規定されており,可分給付を目的とする権利でないものが含まれている。このような上記投資信託受益権に含まれる権利の内容及び性質に照らせば,共同相続された上記投資信託受益権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである。
 また,本件投信受益権のうち,本件有価証券目録記載5の投資信託受益権は,外国投資信託に係る信託契約に基づく受益権であるところ,外国投資信託は,外国において外国の法令に基づいて設定された信託で,投資信託に類するものであり(投資信託及び投資法人に関する法律2条22項),上記投資信託受益権の内容は,必ずしも明らかではない。しかし,外国投資信託が同法に基づき設定される投資信託に類するものであることからすれば,上記投資信託受益権についても,委託者指図型投資信託に係る信託契約に基づく受益権と同様,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものとする余地が十分にあるというべきである。
 (3) 本件国債は,個人向け国債の発行等に関する省令2条に規定する個人向け国債であるところ,個人向け国債の額面金額の最低額は1万円とされ,その権利の帰属を定めることとなる社債,株式等の振替に関する法律の規定による振替口座簿の記載又は記録は,上記最低額の整数倍の金額によるものとされており(同令3条),取扱機関の買取りにより行われる個人向け国債の中途換金(同令6条)も,上記金額を基準として行われるものと解される。そうすると,個人向け国債は,法令上,一定額をもって権利の単位が定められ,1単位未満での権利行使が予定されていないものというべきであり,このような個人向け国債の内容及び性質に照らせば,共同相続された個人向け国債は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである。
 (4) 以上のとおり,本件国債等は,亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることがないものか,又はそう解する余地があるものである。そして,本件国債等が亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるものでなければ,その最終的な帰属は,遺産の分割によって決せられるべきことになるから,本件国債等は,本件遺産分割審判によって上告人ら及び被上告人の各持分4分の1の割合による準共有となったことになり,上告人らの主位的請求に係る訴えは適法なものとなる。
 5 以上と異なる見解の下,本件国債等が亡Aの相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるとして上告人らの主位的請求に係る訴えを却下した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決のうち上告人らの主位的請求に係る訴えを却下した部分は破棄を免れない。そして,上告人らの主位的請求に係る訴えについて原判決が破棄を免れない以上,予備的請求に係る訴えを却下した部分についても原判決は当然に破棄を免れない。そこで,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 木内道祥)

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預貯金債権の共同相続

最高裁平成28年12月19日判決( 最高裁判所民事判例集70巻8号2121頁)

共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は遺産分割の対象となるか

       主   文

 原決定を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 抗告代理人久保井一匡ほかの抗告理由について
 1 本件は,Aの共同相続人である抗告人と相手方との間におけるAの遺産の分割申立て事件である。
 2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 抗告人は,Aの弟の子であり,Aの養子である。相手方は,Aの妹でありAと養子縁組をしたB(平成14年死亡)の子である。
 (2) Aは,平成24年3月▲日に死亡した。Aの法定相続人は,抗告人及び相手方である。
 (3) Aは,原々審判別紙遺産目録記載の不動産(価額は合計258万1995円。以下「本件不動産」という。)のほかに,別紙預貯金目録記載の預貯金債権(以下「本件預貯金」と総称する。)を有していた。抗告人と相手方との間で本件預貯金を遺産分割の対象に含める合意はされていない。
 Bは,Aから約5500万円の贈与を受けており,これは相手方の特別受益に当たる。
 3 原審は,上記事実関係等の下において,本件預貯金は,相続開始と同時に当然に相続人が相続分に応じて分割取得し,相続人全員の合意がない限り遺産分割の対象とならないなどとした上で,抗告人が本件不動産を取得すべきものとした。
 4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
 (1) 相続人が数人ある場合,各共同相続人は,相続開始の時から被相続人の権利義務を承継するが,相続開始とともに共同相続人の共有に属することとなる相続財産については,相続分に応じた共有関係の解消をする手続を経ることとなる(民法896条,898条,899条)。そして,この場合の共有が基本的には同法249条以下に規定する共有と性質を異にするものでないとはいえ(最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁参照),この共有関係を協議によらずに解消するには,通常の共有物分割訴訟ではなく,遺産全体の価値を総合的に把握し,各共同相続人の事情を考慮して行うべく特別に設けられた裁判手続である遺産分割審判(同法906条,907条2項)によるべきものとされており(最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日第二小法廷判決・民集29巻10号1525頁参照),また,その手続において基準となる相続分は,特別受益等を考慮して定められる具体的相続分である(同法903条から904条の2まで)。このように,遺産分割の仕組みは,被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから,一般的には,遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく,また,遺産分割手続を行う実務上の観点からは,現金のように,評価についての不確定要素が少なく,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる。
 ところで,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産であるという点においては,本件で問題とされている預貯金が現金に近いものとして想起される。預貯金契約は,消費寄託の性質を有するものであるが,預貯金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には,預貯金の返還だけでなく,振込入金の受入れ,各種料金の自動支払,定期預金の自動継続処理等,委任事務ないし準委任事務の性質を有するものも多く含まれている(最高裁平成19年(受)第1919号同21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号228頁参照)。そして,これを前提として,普通預金口座等が賃金や各種年金給付等の受領のために一般的に利用されるほか,公共料金やクレジットカード等の支払のための口座振替が広く利用され,定期預金等についても総合口座取引において当座貸越の担保とされるなど,預貯金は決済手段としての性格を強めてきている。また,一般的な預貯金については,預金保険等によって一定額の元本及びこれに対応する利息の支払が担保されている上(預金保険法第3章第3節等),その払戻手続は簡易であって,金融機関が預金者に対して預貯金口座の取引経過を開示すべき義務を負うこと(前掲最高裁平成21年1月22日第一小法廷判決参照)などから預貯金債権の存否及びその額が争われる事態は多くなく,預貯金債権を細分化してもこれによりその価値が低下することはないと考えられる。このようなことから,預貯金は,預金者においても,確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められているといえる。
 共同相続の場合において,一般の可分債権が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるという理解を前提としながら,遺産分割手続の当事者の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象とするという運用が実務上広く行われてきているが,これも,以上のような事情を背景とするものであると解される。
 (2) そこで,以上のような観点を踏まえて,改めて本件預貯金の内容及び性質を子細にみつつ,相続人全員の合意の有無にかかわらずこれを遺産分割の対象とすることができるか否かにつき検討する。
 ア まず,別紙預貯金目録記載1から3まで,5及び6の各預貯金債権について検討する。
 普通預金契約及び通常貯金契約は,一旦契約を締結して口座を開設すると,以後預金者がいつでも自由に預入れや払戻しをすることができる継続的取引契約であり,口座に入金が行われるたびにその額についての消費寄託契約が成立するが,その結果発生した預貯金債権は,口座の既存の預貯金債権と合算され,1個の預貯金債権として扱われるものである。また,普通預金契約及び通常貯金契約は預貯金残高が零になっても存続し,その後に入金が行われれば入金額相当の預貯金債権が発生する。このように,普通預金債権及び通常貯金債権は,いずれも,1個の債権として同一性を保持しながら,常にその残高が変動し得るものである。そして,この理は,預金者が死亡した場合においても異ならないというべきである。すなわち,預金者が死亡することにより,普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属するに至るところ,その帰属の態様について検討すると,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し,各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。そして,相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが,預貯金契約が終了していない以上,その額は観念的なものにすぎないというべきである。預貯金債権が相続開始時の残高に基づいて当然に相続分に応じて分割され,その後口座に入金が行われるたびに,各共同相続人に分割されて帰属した既存の残高に,入金額を相続分に応じて分割した額を合算した預貯金債権が成立すると解することは,預貯金契約の当事者に煩雑な計算を強いるものであり,その合理的意思にも反するとすらいえよう。
 イ 次に,別紙預貯金目録記載4の定期貯金債権について検討する。
 定期貯金の前身である定期郵便貯金につき,郵便貯金法は,一定の預入期間を定め,その期間内には払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するものと定め(7条1項4号),原則として預入期間が経過した後でなければ貯金を払い戻すことができず,例外的に預入期間内に貯金を払い戻すことができる場合には一部払戻しの取扱いをしないものと定めている(59条,45条1項,2項)。同法が定期郵便貯金について上記のようにその分割払戻しを制限する趣旨は,定額郵便貯金や銀行等民間金融機関で取り扱われている定期預金と同様に,多数の預金者を対象とした大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理する必要上,貯金の管理を容易にして,定期郵便貯金に係る事務の定型化,簡素化を図ることにあるものと解される。
 郵政民営化法の施行により,日本郵政公社は解散し,その行っていた銀行業務は株式会社ゆうちょ銀行に承継された。ゆうちょ銀行は,通常貯金,定額貯金等のほかに定期貯金を受け入れているところ,その基本的内容が定期郵便貯金と異なるものであることはうかがわれないから,定期貯金についても,定期郵便貯金と同様の趣旨で,契約上その分割払戻しが制限されているものと解される。そして,定期貯金の利率が通常貯金のそれよりも高いことは公知の事実であるところ,上記の制限は,預入期間内には払戻しをしないという条件と共に定期貯金の利率が高いことの前提となっており,単なる特約ではなく定期貯金契約の要素というべきである。しかるに,定期貯金債権が相続により分割されると解すると,それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず,定期貯金に係る事務の定型化,簡素化を図るという趣旨に反する。他方,仮に同債権が相続により分割されると解したとしても,同債権には上記の制限がある以上,共同相続人は共同して全額の払戻しを求めざるを得ず,単独でこれを行使する余地はないのであるから,そのように解する意義は乏しい。
 ウ 前記(1)に示された預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると,共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。
 (3) 以上説示するところに従い,最高裁平成15年(受)第670号同16年4月20日第三小法廷判決・裁判集民事214号13頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は,いずれも変更すべきである。
 5 以上によれば,本件預貯金が遺産分割の対象とならないとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官岡部喜代子の補足意見,裁判官大谷剛彦,同小貫芳信,同山崎敏充,同小池裕,同木澤克之の補足意見,裁判官鬼丸かおる,同木内道祥の各補足意見,裁判官大橋正春の意見がある。
 裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。
 共同相続が発生したとき,相続財産は民法898条,899条により相続分に応じた共有となる。その財産が金銭の給付を目的とする債権であっても同様である。当該債権については民法264条の規律するところになるのであるが,同条の特則としての民法427条により相続人ごとに分割されて相続人の数だけ債権が存在することとなると考えられているところである。しかし,共同相続においては上記のとおりまず準共有状態が発生するのであるから,分割を阻害する要因があれば,分割されずに準共有状態のまま存続すると解することが可能である。普通預金契約(通常貯金契約を含む。以下同じ。)の本体は消費寄託契約ではあるが,そればかりではなく,付随して口座振替等の準委任契約が締結されることも多いのであって,普通預金が決済手段としての性格を強めていることは多数意見の指摘するとおりである。そうすると,普通預金債権を共同相続した場合には,共同相続人は同時に準委任契約上の権利義務もまた相続により承継することになる。例えば口座振替契約の解約を行う場合は,それは性質上不可分な形成権の行使であり,かつ,処分行為であるから民法251条により相続人全員で行わなければならない。ところが預貯金債権が当然に分割され各人の権利行使が認められることになると,共同相続人の一人が自己の持分に相当する預貯金を全額払い戻して預貯金債権を行使する必要がなくなる結果,預貯金契約自体あるいは口座振替契約等についての処理に支障が生ずる可能性がある。また,各別の預貯金債権の行使によって,1個の預貯金契約ないし一つの口座中に,共同相続人ごとに残高の異なる複数の預貯金債権が存在するという事態が生じざるを得ない。このような事態は,振込等があって残高が変動しつつも同一性を保持しながら1個の債権として存続するという普通預金債権の性質に反する状況ともいい得るところであり,また普通預金契約を締結する当事者の意思としても認めないところであろう。共同相続の場合には,普通預金債権について相続人各別の行使は許されず,準共有状態が存続するものと解することが可能となる。以上のとおりであるから,多数意見の結論は,預貯金債権について共同相続が発生した場合に限って認められるものであろう。
 ところで,私は,民法903条及び904条の2の文理並びに共同相続人間の実質的公平を実現するという趣旨に鑑みて,可分債権は共同相続により当然に分割されるものの,上記各条に定める「被相続人が相続開始の時において有した財産」には含まれると解すべきであり,分割された可分債権の額をも含めた遺産総額を基に具体的相続分を算定し,当然分割による取得額を差し引いて各相続人の最終の取得額を算出すべきであると考えている。従前は預貯金債権も当然に分割される可分債権に含まれると考えてきた。しかし,最高裁判所が権利の性質を詳細に検討して少しずつ遺産分割の対象財産に含まれる権利を広げてきたという経緯,預貯金債権も遺産分割の対象とすることが望ましいとの結論の妥当性,そして上記のとおり理論的にも可能であるという諸点から多数意見に賛同したいと思う。ただ,当然に分割されると考えられる可分債権はなお各種存在し,預貯金債権が姿を変える場合もあり得るところ,それらについては上記のとおり具体的相続分の算定の基礎に加えるなどするのが相当であると考える。
 裁判官大谷剛彦,同小貫芳信,同山崎敏充,同小池裕,同木澤克之の補足意見は,次のとおりである。
 従来,預貯金債権は相続開始と同時に当然に各共同相続人に分割され,各共同相続人は,当該債権のうち自己に帰属した分を単独で行使することができるものと解されていたが,多数意見によって遺産分割の対象となるものとされた預貯金債権は,遺産分割までの間,共同相続人全員が共同して行使しなければならないこととなる。そうすると,例えば,共同相続人において被相続人が負っていた債務の弁済をする必要がある,あるいは,被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要があるなどの事情により被相続人が有していた預貯金を遺産分割前に払い戻す必要があるにもかかわらず,共同相続人全員の同意を得ることができない場合に不都合が生ずるのではないかが問題となり得る。このような場合,現行法の下では,遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分として,例えば,特定の共同相続人の急迫の危険を防止するために,相続財産中の特定の預貯金債権を当該共同相続人に仮に取得させる仮処分(仮分割の仮処分。家事事件手続法200条2項)等を活用することが考えられ,これにより,共同相続人間の実質的公平を確保しつつ,個別的な権利行使の必要性に対応することができるであろう。
 もとより,預貯金を払い戻す必要がある場合としてはいくつかの類型があり得るから,それぞれの類型に応じて保全の必要性等保全処分が認められるための要件やその疎明の在り方を検討する必要があり,今後,家庭裁判所の実務において,その適切な運用に向けた検討が行われることが望まれる。
 裁判官鬼丸かおるの補足意見は,次のとおりである。
 私は,多数意見に賛同するものであるが,普通預金債権及び通常貯金債権の遺産分割における取扱いに関して,以下のとおり私見を付したい。
 1 遺産分割とは,被相続人の死亡により共同相続人の遺産共有に属することとなった個々の相続財産について,その共有関係を解消し,各共同相続人の単独所有または民法第2編第3章第3節の共有関係にすることであるから,遺産分割の対象となる財産は,相続開始時に存在し,かつ,分割時にも存在する未分割の相続財産であると解される。そして,多数意見が述べるとおり,普通預金債権及び通常貯金債権は相続開始と同時に当然に分割される債権ではないから,相続人が数人ある場合,共同相続人は,被相続人の上記各債権を相続開始時の残高につき準共有し,これは遺産分割の対象となる。一方,相続開始後に被相続人名義の預貯金口座に入金が行われ,その残高が増加した分については,相続を直接の原因として共同相続人が権利を取得するとはいえず,これが遺産分割の対象となるか否かは必ずしも明らかでなかった。
 しかし,多数意見が述べるとおり,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在するのであるから,相続開始後に被相続人名義の預貯金口座に入金が行われた場合,上記契約の性質上,共同相続人は,入金額が合算された1個の預貯金債権を準共有することになるものと解される。
 そうすると,被相続人名義の預貯金債権について,相続開始時の残高相当額部分は遺産分割の対象となるがその余の部分は遺産分割の対象とならないと解することはできず,その全体が遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。多数意見はこの点について明示しないものの,多数意見が述べる普通預金債権及び通常貯金債権の法的性質からすると,以上のように解するのが相当であると考える。
 2 以上のように解すると,①相続開始後に相続財産から生じた果実,②相続開始時に相続財産に属していた個々の財産が相続開始後に処分等により相続財産から逸出し,その対価等として共同相続人が取得したいわゆる代償財産(例えば,建物の焼失による保険金,土地の売買代金等),③相続開始と同時に当然に分割された可分債権の弁済金等が被相続人名義の預貯金口座に入金された場合も,これらの入金額が合算された預貯金債権が遺産分割の対象となる(このことは,果実,代償財産,可分債権がいずれも遺産分割の対象とならないと解されることと矛盾するものではない。)。この場合,相続開始後に残高が増加した分については相続開始時に預貯金債権として存在したものではないところ,具体的相続分は相続開始時の相続財産の価額を基準として算定されるものであることから(民法903条,904条の2),具体的相続分の算定の基礎となる相続財産の価額をどう捉えるかが問題となろう。この点については,相続開始時の預貯金債権の残高を具体的相続分の算定の基礎とすることが考えられる一方,上記②,③の場合,当該入金額に相当する財産は相続開始時にも別の形で存在していたものであり,相続財産である不動産の価額が相続開始後に上昇した場合等とは異なるから,当該入金額に相当する相続開始時に存在した財産の価額を具体的相続分の算定の基礎に加えることなども考え得るであろう。もっとも,具体的相続分は遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額またはその価額の遺産の総額に対する割合を意味するのであるから(最高裁平成11年(受)第110号同12年2月24日第一小法廷判決・民集54巻2号523頁参照),早期にこれを確定することが手続上望ましいところ,後者の考え方を採る場合,相続開始後の預貯金残高の変動に応じて具体的相続分も変動し得ることとなり,事案によっては具体的相続分の確定が遅れかねないなどの遺産分割手続上の問題が残される。従来から家庭裁判所の実務において,上記①~③の財産も,共同相続人全員の合意があれば具体的相続分の算定の基礎ないし遺産分割の対象としてきたとみられるところであり,この問題については,共同相続人間の実質的公平を図るという見地から,従来の実務の取扱いとの均衡等も考慮に入れて,今後検討が行われることが望まれよう。
 裁判官木内道祥の補足意見は,次のとおりである。
 私は多数意見に賛同するものであるが,以下のとおり,私見を付加しておきたい。
 多数意見は,遺産分割の仕組みが共同相続人間の実質的公平を図ることを旨として相続により生じた相続財産の共有状態の解消を図るものであり,被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましいことを前提に,預貯金が現金に極めて近く,遺産分割における調整に資する財産であることなどを踏まえて,本件で問題となっている各預貯金債権の内容及び性質に照らし,上記各債権が共同相続人全員の合意の有無にかかわらず遺産分割の対象となるとしたものであると理解することができる。
 私は,以上の点に加えて,預貯金債権は,その額面額をもって価額と評価することができることからしても,共同相続人全員の合意の有無にかかわらず遺産分割の対象となると考えるものである。
 遺産分割の審判においては,各相続人の具体的相続分の算定と取得財産の決定という二つの場面で,個別の相続財産の価額を評価することが求められる。前者については,被相続人が相続開始時において有した財産,遺贈や生前贈与として持ち戻される財産の価額に基づいて,寄与分を考慮した上で,各相続人の具体的相続分の価額及び割合が算定される(民法903条,904条の2)。後者については,遺産分割時に存在する財産をその時点の価額で評価した上で,各相続人の具体的相続分の割合に応じて,各相続人が取得する財産が定められる。
 しかるに,債権については,その有無,額面額及び実価(評価額)について共同相続人全員の合意がある場合を除き,一般的に評価が困難というべきである。そのため,債権を広く一般的に遺産分割の対象としようとすると,各相続人の具体的相続分の算定や取得財産の決定が困難となり,遺産分割手続の進行が妨げられ,その他の相続財産についても遺産分割の審判をすることができないという事態を生ずるおそれがある。共有状態にある相続財産については各相続人の権利行使が制約されることを考慮すると,このような状態はなるべく早く解消されるべきである。
 遺産分割の審判においては,共同相続人間の実質的公平を図るために特別受益の持戻しや寄与分の考慮を経て具体的相続分を算定して遺産分割が実現されるところ,債権を広く一般的に遺産分割の対象としようとして具体的相続分の算定が困難となり,その他の相続財産についても遺産分割の審判をすることができず,相続財産に対する各相続人の権利行使が制約される状態が続くことは,遺産分割審判制度の趣旨に反する。したがって,額面額をもって実価(評価額)とみることができない可分債権については,上記合意がない限り,遺産分割の対象とはならず,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるものと解するのが相当である。なお,民法903条,904条の2は,同法第5編第3章第3節「遺産の分割」の前に位置するが,遺産分割の基準である具体的相続分を算定するためのものであるから,遺産分割の対象とならない上記可分債権は,これらの規定にいう「相続開始の時において有した財産」には含まれないと解される。
 これに対して,預貯金債権の場合,支払の確実性,現金化の簡易性等に照らし,その額面額をもって実価(評価額)とみることができるのであるから,上記可分債権とは異なり,これを遺産分割の対象とすることが遺産分割の審判を困難ならしめるものではない。
 したがって,預貯金債権は,共同相続人全員の合意の有無にかかわらず,遺産分割の対象となると解するのが相当である。
 裁判官大橋正春の意見は,次のとおりである。
 私は,原決定を破棄し,本件を原審に差し戻すとの多数意見の結論には賛成するものであるが,その理由については考えを異にするので,意見を述べたい。
 1 多数意見は,原決定による遺産分割の結果が著しく抗告人に不利益なものであり,その原因は預貯金債権が遺産分割の対象とならなかったことにあると考え,これを解決する方策として,判例を変更して,普通預金債権及び通常貯金債権は最高裁昭和27年(オ)第1119号同29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁にいう「可分債権」に当たらないとするものであると理解することができる。
 しかし,多数意見の立場は,問題の設定を誤ったものであり,問題の根本的解決に結び付くものでないだけでなく新たな問題を生じさせるものといわなければならない。預貯金債権を準共有債権と解したとしても,他の種類の債権について本件と同様に不公平な結果が生ずる可能性は依然として残されている。例えば,本件と,被相続人が判決で確定した国に対する国家賠償法上の損害賠償請求権を有していた事案とで結論が異なるのが相当なのかという疑問が生ずる。
 2 問題は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割される可分債権を遺産分割において一切考慮しないという現在の実務(以下「分割対象除外説」という。)にあるといえる。これに対して,私は,可分債権を含めた相続開始時の全遺産を基礎として各自の具体的相続分を算定し,これから当然に分割されて各自が取得した可分債権の額を控除した額に応じてその余の遺産を分割し,過不足は代償金で調整するという見解(以下「分割時考慮説」という。)を採用すべきものと考える。その理由は,次のとおりである。
 遺産の分割は,遺産全体の価値を総合的に把握し,これを共同相続人の具体的相続分に応じ民法906条所定の基準に従って分割することを目的とするものであり(最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日第二小法廷判決・民集29巻10号1525頁参照),ここにいう「遺産全体」が相続開始時において被相続人の財産に属した一切の権利義務(同法896条)を指すことには疑問がない。したがって,遺産分割とは,相続開始時において被相続人の財産に属した一切の権利義務を具体的相続分に応じて共同相続人に分配することであるといえる。これに対して,分割対象除外説は,遺産を構成する個々の相続財産の共有関係(同法898条)を解消する手続が遺産分割であると捉え,かつ,可分債権について共有関係が生じないと解して,可分債権は遺産分割の対象とならないものとする。しかし,個々の相続財産の共有関係を解消する手続は,遺産全体を具体的相続分に応じて共同相続人に分配するという遺産分割を実現するための手続にすぎないのであるから,この意味における遺産分割の適切な実現を阻害する分割対象除外説を採用することはできず,分割時考慮説が正当なものと考えられる。
 分割対象除外説によれば,遺産分割時に預貯金が残存している場合には,具体的相続分に応じた分配をすることができるのに対し,共同相続人の1人が被相続人の生前に無断で預貯金を払い戻した場合には,被相続人が取得した損害賠償請求権または不当利得返還請求権について具体的相続分に応じた分配をすることができない。これに対して,分割時考慮説によれば,後者の場合においても具体的相続分に応じた分配をすることができ,結果の衡平性という点においてより優れている。また,遺言をしない被相続人の中には法律の規定に従って遺産分割が行われることを期待した者がいると考えられるところ,法律の専門家でない一般の被相続人としては,遺産を構成する債権が可分債権であるか否かによって結果は異ならないと期待していたと考えるのが自然である。したがって,分割対象除外説は被相続人の期待に反する結果を生じさせるものということができる。
 分割時考慮説を採用することにより,家事審判事件が増加し,家庭裁判所の負担が増加することが考えられる。しかし,家庭裁判所の実務では当事者の合意を前提に可分債権を遺産分割の対象とすることがかなりの範囲で行われていること,分割時考慮説と分割対象除外説とで極端な結論の違いが生ずるのはまれで,多くの場合には具体的相続分と法定相続分の乖離は小さいと推測されることなどからすると,家庭裁判所における適正な事務処理を阻害するような著しい負担の増加はないであろうと考える。
 よって,分割対象除外説に基づく原決定を破棄し,分割時考慮説に基づき更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すのが相当であると考えるものである。
 3 最後に,普通預金債権及び通常貯金債権を準共有債権とすると,問題の根本的解決にならないばかりか新たな不公平を生み出すほか,被相続人の生前に扶養を受けていた相続人が預貯金を払い戻すことができず生活に困窮する,被相続人の入院費用や相続税の支払に窮するといった事態が生ずるおそれがあること,判例を変更すべき明らかな事情の変更がないことなどから,普通預金債権及び通常貯金債権を可分債権とする判例を変更してこれを準共有債権とすることには賛成できないことを指摘しておきたい。
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 櫻井龍子 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 木内道祥 裁判官 山本庸幸 裁判官 山崎敏充 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 小池 裕 裁判官 木澤克之 裁判官 菅野博之)

 (別紙)
       預貯金目録
 1 三井住友銀行a支店 普通預金(口座番号○○○○○○○)          265円
 2 三井住友銀行b支店 普通預金(口座番号○○○○○○)        6万8729円
 3 ゆうちょ銀行 通常貯金(記号番号○○○○○-○○○○○○○○)      762円
 4 ゆうちょ銀行 定期貯金(記号番号○○○○○-○○○○○○○)    3万円
 5 三菱東京UFJ銀行c支店 普通預金(口座番号○○○○○○○)  245万7956円
 6 三菱東京UFJ銀行c支店 外貨普通預金(口座番号○○○○○○○) 36万4600.62ドル
                          (残高は,いずれも平成25年8月23日現在)
       抗告代理人久保井一匡ほかの抗告理由について
第1 はじめに
   原決定は,可分債権である預貯金については,預金者の死亡によって法定相続分に応じて当然に分割承継し,相続人全員の合意がない限り,遺産分割手続きにおいて預貯金を遺産分割の対象とすることはできないとする(同3頁)。
   しかしながら,本件では,被相続人Aには遺産として,預貯金が約35万ドルと約225万円,それ以外に不動産(約260万円)が存在するとともに,相手方に対する特別受益として5500万円が存在することが認められている。従って,本来,相手方の具体的相続分はゼロになり,申立人の具体的相続分が全額になる。それにもかかわらず,預貯金が遺産分割の対象に含まれない結果,5500万円の特別受益はわずか約260万円の不動産でしか考慮されなくなる。
   特に,被相続人Aの晩年は,申立人が夫と2人で同人の手足となって生活を支え,被相続人Aが亡くなってからも葬式や法要等を申立人において執り行ってきた一方で,相手方は,アメリカに在住しており被相続人Aの生前も死後も同人の面倒等を看ることはなかった(甲35)。
   このように,原決定に従えば,現に遺産として預貯金が存在しているにもかかわらず,預貯金が可分債権であることを理由に遺産分割の対象にならない結果,民法上認められた特別受益制度を害するだけでなく,具体的相続分を通じた共同相続人間の実質的公平が実現できなくなり,原決定の判断は民法903条,同906条,同912条等に違反する。そのため,少なくとも,本件のように遺産の大半が預貯金で,かつ特定の相続人に特別受益が認められる結果,預貯金を遺産分割の対象に含めなければ特別受益による実質的公平が実現できなくなるような事案の場合には,特別受益を受けた当該相続人の合意がなくても預貯金は遺産分割の対象に含められなければならない。以下,詳述する。
第2 原決定に従えば,共同相続人間の実質的公平を図るべく定められた特別受益制度や民法906条等の趣旨を害する結論となることなど
 1 預貯金が可分債権であるという解釈によって,民法上明文化された制度趣旨が害されること
  (1)民法は,相続財産全体を共同相続人間の実質的公平を考慮して合目的的に分割することを遺産分割の目的としている。そして,かかる共同相続人間の実質的な公平を図る観点から,共同相続人中に,被相続人から遺贈を受けたり,生計の資本として贈与を受けた者がある場合に,それらの財産を持ち戻したうえで,相続分を計算して遺産を取得することとした特別受益制度を規定している(民法903条)。また,民法906条は,共同相続人間の実質的公平を考慮して分割することを本旨とする遺産の分割の場面での基準を示したもので,個別的な事件の事情を考慮することにより,共同相続人間の実質的公平を実現する遺産の配分を期待して定められている(甲43)。
    さらに,民法912条は,「各相続人は,その相続分に応じ,他の共同相続人が遺産の分割によって受けた債権について,その分割時の時における債務者の資力を担保する」として,債権が遺産分割の対象になることを前提とした規定がされている(甲44・309頁参照)。
  (2)他方,預貯金が遺産分割の対象になるかどうかについては,最高裁昭和29年4月8日判決が,「金銭債権その他の可分債権あるときは,その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解すべき」と判断したことを根拠に,当然分割され,遺産分割の対象にならないと解されている。もっとも,後述するが,同判決は,不法行為債権について対債務者との関係で,その金銭債権の法的性質が問題になった事案にすぎない。つまり,同判決は,あくまで,対債務者との関係で金銭債権(不法行為債権)が分割帰属するかどうかが争われた事案にすぎず,共同相続人間において預貯金が遺産分割の対象に含まれるかどうかについては何ら判断されていない。
    また,学説でも,預貯金が遺産分割の対象になるかどうかについて,分割債権説,非分割債権説,折衷説などに分かれている。折衷説の中でも,①分割債権説をとりながら,分割債権でも常に遺産分割の対象となるとするもの,②場合により遺産分割の対象となるとするもの〔(Ⅰ)当該事案における具体的妥当性を考慮して遺産分割の対象となるとする説,(Ⅱ)相続人間の合意を要件に遺産分割の対象となるとする説〕などに分かれている(甲41・73頁)。
    このように,預貯金が可分債権であり遺産分割の対象に含まれないとしているのは,あくまで解釈で認められているだけにすぎない。しかも,分割債権説に対しては,後述するとおり多くの批判がされている。
  (3)それにもかかわらず,原決定の判断に従えば,預貯金が可分債権であるといった解釈上の理解によって,法律上明文化された特別受益制度(民法903条)や同法906条,912条の趣旨等を害する結論となる。
 2 原決定に従えば,遺産の種類が預貯金か現金・不動産かなど偶然の事情によって遺産の取得額が異なり不当であること
  (1)原決定に従えば,預貯金が遺産分割の対象に含まれない結果,遺産の種類(例えば,預貯金か現金・不動産かなど)によって,それらの遺産を遺産分割の対象にできるかどうかが違ってくるため,遺産の種類が何かといった偶然の事情によって,遺産の取得額が異なってくることになり極めて不当な結論となる。
  (2)例えば,次のような各ケースを考えれば明らかである。
   ア 相続人が2人(AとB)で,このうちAに特別受益が2000万円認められる場合に,その遺産が『現金2000万円』であれば,遺産分割手続きを経てBは2000万円を取得し,Aの取得分はゼロになる。しかしながら,仮に,その遺産が『預貯金2000万円』であれば,預貯金を遺産分割の対象にできない結果,AもBも1000万円を取得することになる。この理は,遺産の種類が,現金ではなく,不動産や定額郵便貯金,投資信託の場合も同様である。
   イ また,同様の事案において,被相続人が,死亡直前に『預貯金2000万円』を解約して『現金』として保管していたり,『不動産』を購入していた場合には,特別受益を考慮して遺産分割ができるにもかかわらず,逆に,被相続人が死亡直前に『現金2000万円』を『預貯金』として預けたり,『不動産(2000万円相当)』を売却してその売却代金を『預貯金』として預けていた場合には,遺産分割の対象に含めることができず,特別受益を考慮した遺産分割ができなくなる。
  (3)本件でも,本来,相手方に対する特別受益5500万円が認められるために,相手方は具体的相続分がゼロで,申立人の具体的相続分が全額になるはずであるにもかかわらず,偶々,被相続人Aの遺産が『預貯金』であったために遺産分割の対象に含まれない結果,相手方に対する5500万円の特別受益は,わずか約260万円の不動産でしか考慮されなくなる。
    このように,遺産の種類が何かといった偶然の事情によって,遺産分割の対象に含めることができるかどうかが異なり,本件のように特別受益が存在する場合で,遺産の大半が預貯金の場合には,預貯金を遺産分割の対象に含めることができない結果,特別受益制度(民法903条)を害するとともに,遺産分割を通じて共同相続人間の実質的公平を実現しようとした民法906条の制度趣旨も害することになる。
 3 特別受益を得ている相続人からの同意は期待できず,当該相続人からの同意がなくても,それ以外の相続人が同意している場合には遺産分割の対象に含められるべきであること
   原決定は,共同相続人全員の同意があれば,可分債権である預貯金も遺産分割の対象に含めることができるとしている(同3頁)。現在の家庭裁判所の実務運用も,共同相続人の同意があれば,預貯金を遺産分割の対象に含めて審判することができるとされている(甲45・303頁)。このような実務運用が実践されているのは,預貯金を遺産分割の対象に含めることによって,柔軟・円滑かつ実質的公平を図った遺産分割を行うことができるからである。
   もっとも,本件のように特別受益を得ている相続人からすれば,同意しない方が自らに有利になる以上,当該相続人から同意を得ることは期待できない。このことは,森野俊彦大阪高等裁判所判事によって,「相続人のひとりが,預金債権を分割対象にしない方が自分に有利になると考えて,預金債権を分割対象に含めることに反対した場合である。もはや『黙示ないし明示の同意』を媒介とすることはできない。」と指摘されているところである(甲41・74頁)。また,窪田充見教授も,「自らの特別受益が大きいことを認識している相続人であれば,そのような同意を与えないのが,むしろ経済的には合理的な行動となる」と指摘している(甲46・124頁)。このように,一律に,共同相続人全員の同意がなければ預貯金が遺産分割の対象に含まれないとする点について疑問が呈されている。
   従って,原決定のように,預貯金を遺産分割の対象に含めることができるかどうかについて,常に共同相続人全員の同意を要件とした場合,特別受益を得ている相続人による恣意的な判断によって,遺産分割の結論自体が左右され,相続人間の実質的公平を著しく害することになり,特別受益制度(民法903条)や民法906条の制度趣旨を害することになる。そのため,特別受益が認められる相続人の同意がなかったとしても,それ以外の共同相続人が同意をしている場合には,預貯金も遺産分割の対象に含められなければならない。
   本件では,特別受益を得ている相手方だけが預貯金を遺産分割対象に含めることに反対しているにすぎない以上,相手方の同意がなかったとしても,預貯金は遺産分割の対象に含められなければならない。
 4 預貯金を遺産分割の対象に含めたとしても実務への影響は大きくないこと
   銀行を中心とした金融機関の実務でも,預貯金の払戻しにあたっては,相続人間の争いに巻き込まれないようにするために,相続に関する書類のほか,相続人の遺産分割協議書や相続人全員の署名・捺印等が要求されている(甲47・436~437頁)。従って,預貯金を遺産分割の対象に含めたとしても実務への影響は大きいとまではいえない。
 5 小括
   以上のとおり,原決定が,本件の事情を考慮することなく,預貯金が可分債権であることを理由に,一律に,共同相続人全員の同意がない限り,預貯金を遺産分割の対象に含めることはできないとしたことは,民法903条,同906条,同912条等に違反する。そこで,少なくとも,本件のように遺産の大半が預貯金で,かつ特定の相続人に特別受益が認められる結果,預貯金を遺産分割の対象に含めなければ特別受益による実質的公平が実現できなくなるような事案では,特別受益を受けた当該相続人の合意がなくても預貯金は遺産分割対象に含められなければならない。
第3 従前の最高裁判決の射程は本件に及ばず,最高裁判決の判旨を本件に当てはめることは相当でないこと
 1 従前の最高裁判決の射程は本件に及ばないこと
  (1)最高裁昭和29年4月8日判決
    預貯金が可分債権であることの根拠として,最高裁昭和29年4月8日判決が,「金銭債権その他の可分債権あるときは,その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する者と解すべき」と判断していることが挙げられる。
    しかしながら,同判決は,不法行為債権について対債務者との関係で,その金銭債権の法的性質が問題になった事案にすぎない。従って,相続人間において,遺産分割の対象に含まれるかどうかが争いになっている本件には同判決の射程は及ばない。なお,二宮周平教授も,同判決の射程に関し,「相続人対債務者の問題で,共同相続人の1人は自己の法定相続分に応じた債権額の支払いを債務者に請求できるということを認めただけであり,遺産分割前の共同相続人間における債権の帰属にまで,当然分割として処理するかについてまで明示していないと見ることもできる」と指摘している(甲8)。同様の指摘は,二宮教授以外にも,多くの学者や裁判官らによって指摘されている(甲41・73頁,甲48・910頁,甲49・158頁)。
    さらに,同判決は,債務者の資力が不安定で債権回収のリスクも考慮されなければならない事案であったが,預貯金の場合には,債権回収のリスクをについて考慮する必要はなく,かかる点からも同判決とは事案を異にする(甲44・309頁)。
  (2)最高裁平成16年4月20日判決
    最高裁平成16年4月20日判決は,被相続人が作成した自筆証書遺言に基づいて預貯金が払戻された後に,その遺言書の効力とともに法定相続分を超えた払戻しの違法性等が争われた事案において,前記昭和29年判決を引用したうえで,共同相続人の1人が,「相続財産中の可分債権につき,法律上の権限なく自己の債権となった分以外の債権を行使した場合には,・・・当該債権を取得した他の共同相続人の財産に対する侵害となるから,その侵害を受けた共同相続人は,その侵害をした共同相続人に対して不法行為に基づく損害賠償または不当利得の返還を求めることができる」と判示した。
    同判決は,相続人間において預金債権が分割帰属することを判断しただけで,預貯金が遺産分割の対象に含まれるかどうかについて判断したものではない。しかも,同判決の事案は,特別受益の存在については争いになっておらず,本件のように相続人間において具体的相続分が争われていた事案ではない。従って,相続人間において預貯金が遺産分割の対象に含まれるか,また,特別受益が存在して相続人間の相続分について争いがある本件には,同判決の射程は及ばない。
 2 近年の最高裁判決は,金銭債権についてもできるだけ遺産分割の対象に含めて遺産分割を行うことができるように判断していることなど
  (1)相続開始後に生じた金銭債権が,遺産分割の対象に含まれる旨の判断がされていること
   ア 最高裁昭和52年9月19日判決及び同昭和54年2月22日判決は,被相続人の遺産である不動産が,被相続人死亡後に,第三者に売却された売買代金債権の帰属等が問題になった事案において,いずれの判決も,原則として共同相続人が各持分に応じて取得し個々に請求することができると判示した。
     しかしながら,その後,最高裁平成25年11月29日判決は,遺産共有持分の価格を賠償させる方法による共有物分割の判決がされた場合に支払われる賠償金の性質が問題になった事案において,「遺産共有持分権者に支払われる賠償金は,遺産分割によりその帰属が確定されるべきものであるから,賠償金の支払いを受けた遺産共有持分権者は,これをその時点で確定的に取得するものではなく,遺産分割がされるまでの間これを保管する義務を負うというべきである。」と判示した。
     また,最高裁平成26年2月25日判決は,委託者指図型投資信託の受益権の共同相続開始後に元本償還金や収益分配金が発生して預かり金として被相続人の口座に入金された場合に,共同相続人の1人が自己の相続分に応じて払戻しができるかどうかが争われた事案において,委託者指図型投資信託の受益権は,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,その受益権について相続開始後に元本償還金及び収益分配金が発生して預かり金となっても当然には自己の相続分に相当する金員の支払いを請求できない,と判示した。
   イ このように,従来の最高裁判決によれば,被相続人が死亡した時点で可分債権でなくても,その後に可分債権になれば(例えば売買代金債権になれば),遺産分割の対象にされなかった。しかしながら,近年は,平成26年判決のように,被相続人死亡時に可分債権でなければ,その後,可分債権である金銭債権になったとしても,遺産分割の対象にならないとの結論に至っている。
     また,前記平成25年判決についても,同判決の解説によれば,「遺産共有持分を有していた者が持分取得者に対して取得する賠償金支払請求権は,その性質上不可分であって,遺産共有持分を有していた者らは,各自,持分取得者に対し財賞金全額の支払を求めることができるということになりそうである。しかし,それでは,実際上,機先を制してその支払を受けた者が遺産分割未了の間にこれを費消してしまうことにより,他の者の相続分を侵害する事態を招くおそれがあることは否定し難い。裁判所が共有物の分割の判決において各共有者に取得させる権利の内容を定めるに当たっては,この点についても配慮して適切に裁量権を行使すべきである」と考えられるところ,同最高裁判決は,賠償金支払請求権を当然分割した場合の不都合性に配慮して判断したものであるといった評価がされている(甲50・152頁)。このような最高裁判所の判断は,まさに,具体的事案の必要性等も踏まえて,金銭債権もできるだけ遺産分割の対象に含めることによって,柔軟でかつ実質的公平な遺産分割が実現されるように判断していると評価できる。
   ウ このような考え方については,定額郵便貯金債権が遺産に属することの確認を求める訴えの確認の利益が争われた最高裁平成22年10月8日判決において,千葉勝美裁判官が,その補足意見で「なお,定額郵便貯金債権が遺産の重要な部分となっている事案は少なくないものと思われるが,遺産分割をするにあたって,これを対象とすることにより遺産分割の円滑な進行が図られることになろう」と述べていることにも合致する。
  (2)小括
    以上のとおり,近年の最高裁判決では,金銭債権を遺産分割の対象に含めることによって,遺産分割協議を円滑に進められるかといった実質的な点についても配慮されているといえる。この点,本件のように,共同相続人の1人に特別受益が認められる一方,遺産のほとんどが預貯金の場合には,預貯金が遺産分割の対象に含められなければ共同相続人間の実質的公平をも害することになるため,より一層,預貯金を遺産分割の対象に含められなければならない要請が高く,その点に配慮した判断がされなければならない。
第4 審判例や学説でも,預貯金を遺産分割の対象に含めるべきであるとされていること
 1 事案の必要性に応じて預貯金を遺産分割の対象に含めた決定及び審判例
   これまでに,相続人全員の同意がなくても,事案に応じた必要性等から預貯金が遺産分割の対象になると判断している決定や審判例も存在する大阪高等裁判所昭和31年10月9日決定(甲51)は,預金債権は,「相続開始とともに当然相続人に分割承継されるが,遺産分割の際更めて右債権を相続人に分配し直し,これとにらみ合わせて遺産分割による各相続人の取得部分を定めることは差支えな」いとして,預金債権を遺産分割の対象とした原審を是認している。高知家庭裁判所須崎支部昭和40年3月31日審判(甲52)は,一部の相続人に遺産のうち不動産全部を与え,他の相続人に預金債権等を与えることとした事案で,上記決定と同旨の判示を行った上で,「特に本件のような場合にはむしろ当事者双方の利益となり,適切な方法である」としている。
   神戸家庭裁判所尼崎支部昭和47年12月28日審判(甲53)は,相続人に特別受益が認められる事案において,預金債権等の可分債権は,原則として遺産分割の対象にはならないとしながら,「もっとも民法906条,912条等の趣旨に照らし,必要と認められるときは,遺産分割の際に相続人に当然に分割承継された可分債権を改めて分割の対象とし,取得分を変更することもできるものと解することはできる。」と,相続人全員の同意を問題とすることなく,事案の必要性等に応じて預貯金を遺産分割の対象にできることを認めている(同旨の一般論を適用している審判として,同支部昭和48年7月31日(甲54),同支部昭和50年5月30日(甲55))。
   名古屋家庭裁判所平成2年7月20日審判(甲56)は,共同相続人の一人が遺産である預金債権の払戻手続に協力しないことから,他の共同相続人がその分割を申立てた事案において,本件のような場合には,共同相続人は預金債権が遺産として家庭裁判所に対してその遺産分割を求めることができるとしている。
   また,福岡高等裁判所平成8年8月20日決定(甲57)は,金銭その他の可分債権は法律上当然に分割されて各相続人に帰属するとしながら,「しかしながら,遺産分割においては,遺産に含まれる金銭債権も,他の相続財産とともに分割の対象とされることが一般的であって,金銭債権は常に遺産分割の対象にはならないとはいえないこと,遺産が金銭債権だけであっても,特に本件審判手続のように,被相続人の遺産の一部が既に相続人の協議により分割され,金銭債権の一部だけが未分割のまま残存している場合には,相続人間で,その具体的な帰属を定める必要性が強く認められること,その場合には,家庭裁判所における遺産分割手続が最も適切な法的手続であると考えられるところ,本件では,いずれの当事者も,前記の預金の帰属を遺産分割の審判で定めることに同意していると認められることなどからすれば,本件の金銭債権を遺産分割の対象とすることは,遺産分割の基準を定めた民法906条の規定の趣旨及び家事審判制度を設けた趣旨に合致するものということができ」るとしている。本決定は,相続人全員の同意があった事案であるが,金銭債権を遺産分割の対象にすべき必要性を具体的に指摘しており,それらの事情を考慮要素としているものと理解できる。
   加えて,鳥取家庭裁判所米子支部昭和55年8月15日審判(甲58)は,預金が社会生活上の機能としては現金と同一視できること,相続人間で異議のないことを理由として,遺産分割の対象とすることを認めている。
 2 学説等でも預貯金が当然分割されるとの考えに対して批判され,遺産分割の対象に含められるべきであることが指摘されていること
   裁判官の論文や,学説でも,預貯金が可分債権で法律上当然に法定相続分に従って分割され,遺産分割の対象にならないとの判断に対し,次のとおり指摘や批判がなされている。
  (1)最高裁調査官等の裁判官による不合理性の指摘
    最高裁判所の塩月秀平調査官は,現金が遺産分割の対象になるかが争われた最高裁平成4年4月10日判決の判例評釈において,「可分債権だけが先に法定相続分どおり分割されてしまい,残りの相続財産についてだけ分割協議を行うというのは,実情に合わないことが指摘されている。本件でも,金銭が当然分割されているとすると,多額の生前贈与があった場合に,生前贈与を受けていない相続人は,民法903条により特別受益者から持戻しを得た場合でも,持戻し分に相当する部分の遺産たる金銭の分割を受けることができなくなってしまい,実際面で大きな不利益を被ることが考えられる」と指摘しているところ(甲9・15~16頁),この理は,現金だけではなく当然預貯金にも当てはまる。
    前記森野判事は,「問題は,他にめぼしい財産がなく,かつ,特定の相続人に寄与分や特別受益があるなど,具体的相続分が法定相続分と異なる場合である。」として,「現金のまま保管されていれば分割対象になり,預金になった途端に,当然には分割対象にはならないというのは常識に反するのではないか」と指摘し(甲41・74頁),預貯金が遺産分割の対象にならないことを問題視している。
  (2)金銭債権を遺産分割の対象にすべきであるという学説からの批判
    窪田充見教授は,「金銭債権について問題となるのは,むしろ,判例が『金銭その他の可分債権……は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する』(当然分割の命題)とし,そこから,金銭債権は遺産分割の対象となる遺産を構成しない(遺産分割からの排除),としている点である。」,「当然分割の命題によって金銭債権を遺産分割の対象から除外することがもたらす問題は深刻である。特に重要なのは,遺産分割のプロセスから排除することで,具体的相続分を通じた共同相続人間の公平が実現されなくなるという問題である。当然分割の命題を貫徹するのであれば,金銭債権だけが被相続人の遺産であるが,共同相続人の1人に大きな特別受益があり,その具体的相続分がゼロとなる場合であっても,そうした特別受益(や他の相続人の寄与分)は考慮されることなく,その金銭債権は当然に分割承継されることになる。それ自体,かなり不公平な結論だと思われるが,これについて当然分割の命題を前提としつつ,修正を図ることは困難である。」などとして,「上記のような検討からは,金銭債権についても,遺産分割の対象とすることが実質的にも適切だと考えられる。」と指摘している(甲46・123~124頁)。
    米倉明教授は,共同相続された銀行預金債権は各相続人に当然分割帰属するという立場について,「第一に,共同相続人間に不公平を招くおそれが大きい。」,法定相続分を前提として当然分割がなされると,「具体的相続分がゼロの者が法定相続分相当額の払戻を受けることができ,払戻を受けるだけ受けたあげく無資力となるならば,他の共同相続人は右の者に対して不当利得返還請求権を取得するとはいえ,それはほとんど無価値に等しく,損失をこうむることに帰着する。これでは甚だしく不公平ではあるまいか。」,「第二に,当然分割帰属説が適用されると,銀行が相続人間の争いに巻き込まれ,場合によっては応訴せざるを得なくなるほか,調査・確認事項に万全を期する必要から,銀行のエネルギーを消費すること多大であって,銀行の業務に好ましからざる影響をおよぼすことになろう。」,「第三に……右債権(銀行預金債権。筆者注)を,遺産分割の指針(906条)に則った総合的分割の対象とすることがそもそもできなくなってしまう。」などと批判し,「当然分割帰属説にはたやすく賛成し得ない。」と指摘している(甲59・18~19頁)。
    なお,条文の理解について,預貯金が可分債権として当然分割されるという見解の形式的な論理としては,金銭債権は相続によって共同相続人の準共有になり(民法264条),同条ただし書の「特別の定め」としての民法427条によって当然分割承継になると説明される。しかしながら,預貯金が遺産分割の対象になるかどうかといった相続法分野においては,民264条ただし書きの「特別の定め」とは,「民法427条ではなく,相続法の規定であり,相続財産を共有とする民法898条や遺産分割に関する民法906条等」であるといった批判がされている(甲46・123頁,甲59・41~47頁)。
  (3)債権は遺産分割の対象にならないとしつつ,預金債権については遺産分割の対象にすべきとする学説からの批判
    高木多喜男教授は,基本的には債権は遺産分割の対象にならないとしつつも,預金債権については別途の考慮を要すべきであるとして,次のとおり指摘する。
    「基本的に私は債権は遺産分割の対象とならないとするのが正しいと思っています。遺産分割の対象としましてある特定の共同相続人に分配をしますと,その者は,もし債務者が弁済する十分な資力を有するのであればまさしく相続分に応じた分割を受けたということになりますが,もし資力がないと非常な不利益を受けます。このような場合には債務者の資力の担保を他の共同相続人がすることになっています(民法912条)。しかしこのような債権の分割を受けた者が不利益を被ることについてはかわりはありません。したがって債務者の資力によって経済的価値が変動するような債権はその危険を各共同相続人が平等に負担すべきでありまして,遺産分割の対象財産とはならず,相続分に応じて分割債権ないし不可分債権をそれぞれが取得するとする考え方が正当であると思っています。しかし預金につきましてはこのような心配はないのでありますからむしろ906条の総合的分配という面からみますと遺産分割対象財産とするのがむしろ望ましいのであります。例えば,お医者さんが亡くなった場合に,医業を承継する相続人に病院を構成する財産を相続させ,他の相続人には預貯金を与えるというような分割はむしろ望ましいのであります。ですから家庭裁判所の審判(預貯金について遺産分割の対象としている審判例。筆者注)は非常に現実的に問題を処理しているという印象を持つのであります。ですから,理論的には,原則として債権は遺産分割対象財産とはならないが,共同相続人間の平等を損なうことがなく,むしろ,906条よりみて妥当な場合には遺産分割の対象とすることができると解すべきと思います。」(甲60・374~375頁)。
  (4)その他の学説
    その他の学説でも,「預金債権については,債権回収のリスクがあまりないし,分割の効果について対抗要件を具備する必要もないので,いったん分割承継された債権を改めて遺産分割の対象としてもよいだろう。」(甲44・309頁〔前田陽一教授〕),「相続財産として預金しかない場合などを考えると民法の定める公平妥当な結論を得るための実体上・手続き上の究明が必要である。私見としては上記②一部分割説(当然分割であっても一部分割として扱い最終的につじつまが合うようにすればよいとの説。筆者注)を支持したい。」(甲61・155頁〔岡部喜代子判事〕),「可分の財産だからといって,当然に分割されて各相続人に移転すると解すべき理由はどこにもない。可分性を維持したまま,共有財産として遺産中にとどまると解する。」(甲62・254頁〔伊藤昌司教授〕)などと指摘がなされている(その他,預金債権の共同相続の問題を預金契約上の地位の相続と捉え直し,預金契約上の地位ならびに預金契約上の預金債権と解約権は共同相続人に準共有され,預金債権は遺産分割の対象とする近時の見解として,甲48〔川地宏行教授〕)。
    以上のように,預貯金が可分債権で法律上当然に法定相続分に従って分割され,一律に遺産分割の対象にならないとの判断に対しては,多数の学説から批判がなされている。
 3 小括
   このように,これまでの決定・審判例や学説等でも,預貯金が当然に分割されるとの立場に対しては,具体的相続分を通じた共同相続人間の公平を図ろうとした相続法の理念を害することになるなどとして批判されており,具体的な事案の必要性に応じて,預貯金を遺産分割の対象にすることが求められている。
第5 本件において,預貯金が遺産分割の対象に含められなければ,共同相続人間の実質的公平が事後的にも実現されない可能性が高く,より一層遺産分割の対象に含められなければならない必要性が高いこと
 1 本件のように,既に特別受益を得ているために具体的相続分がゼロになる相続人に対し,預貯金が法定相続分に従って払い戻された場合に,特別受益の持戻しを実現するためには,その後に相続人間で新たに不当利得返還請求訴訟等を提起しなければならないといった見解も存在する(甲59・18頁,甲63・10頁)。しかしながら,仮に,そうなった場合には,財産が散逸,隠匿される危険があるし,訴訟経済にも著しく反することになる。
   しかも,そもそも,可分債権であることを理由に預貯金が相続分に従って払い戻された場合には,「法律上の原因」がないとはいえず,不当利得返還請求権の行使が認められない可能性もある。そうなった場合には,具体的相続分がゼロになる相続人が,預貯金について相続分に従った払戻しを受ける一方,その返還義務すら負わなくなり,具体的相続分に従った実質的公平が実現できない。従って,より一層,預貯金を遺産分割の対象に含めて遺産分割が行われなければならない必要性がある。
 2 また,現在,相手方から株式会社三菱東京UFJ銀行に対して預金の払戻請求がなされているが,預貯金が遺産分割の対象に含まれなければ,このように訴訟と審判が並行して進行し,その判断内容によっては相矛盾した判断になることも考えられ,適正な遺産分割の実現が図れなくなる。そこで,このような問題を生じさせないためにも,本件のように特定の相続人に特別受益が認められ,預貯金を遺産分割の対象に含めなければ共同相続人間の実質的公平が害されるような事案においては,預貯金も遺産分割の対象に含められなければならない。
第6 まとめ
   以上のとおり,本件事案では,預貯金が遺産分割の対象に含められなければ,特別受益を受けている相手方が,法定相続分に従って預貯金を取得することになり,具体的相続分を通じた共同相続人間の実質的公平が実現できない結論となり,民法903条,同906条,民912条等に反する。そのため,少なくとも,本件のように遺産の大半が預貯金で,かつ特定の相続人に特別受益が認められる結果,預貯金を遺産分割の対象に含めなければ共同相続人間の実質的公平が害される場合には,特別受益を受けた当該相続人の合意がなくても,預貯金は遺産分割の対象に含められなければならない。
                                 以上

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金銭債権の共同相続

最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決(民集8巻4号819頁)

相続財産たる金銭その他の可分債権と共同相続人の分割承継
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人弁護士梶村謙吾の上告理由第二点について。
 相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解するを相当とするから、所論は採用できない。
 同第一点、第三点について。
 論旨第一点は、判例違反をいう点もあるが、判例を具体的に示さないから、不適法な主張たるを免れないし、その余は単なる訴訟法違背の主張であり、(被上告人等は、原審で、所論相続に関する事実を主張し相続分に応じて支払うべき旨請求しているから、所論の違法は認められない。)同第三点は、事実認定を非難するに過ぎないものであつて、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」、(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    入   江   俊   郎

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遺産中の不動産の賃料債権の帰属

最高裁平成17年9月8日第一小法廷判決(民集59巻7号1931頁)

共同相続に係る不動産から生ずる賃料債権の帰属と後にされた遺産分割の効力
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人田中英一、同永井一弘の上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1)Aは、平成8年10月13日、死亡した。その法定相続人は、妻である被上告人のほか、子である上告人、B、C及びD(以下、この4名を「上告人ら」という。)である。
(2)Aの遺産には、第1審判決別紙遺産目録1(1)~(17)記載の不動産(以下「本件各不動産」という。)がある。
(3)被上告人及び上告人らは、本件各不動産から生ずる賃料、管理費等について、遺産分割により本件各不動産の帰属が確定した時点で清算することとし、それまでの期間に支払われる賃料等を管理するための銀行口座(以下「本件口座」という。)を開設し、本件各不動産の賃借人らに賃料を本件口座に振り込ませ、また、その管理費等を本件口座から支出してきた。
(4)大阪高等裁判所は、平成12年2月2日、同裁判所平成11年(ラ)第687号遺産分割及び寄与分を定める処分審判に対する抗告事件において、本件各不動産につき遺産分割をする旨の決定(以下「本件遺産分割決定」という。)をし、本件遺産分割決定は、翌3日、確定した。
(5)本件口座の残金の清算方法について、被上告人と上告人らとの間に紛争が生じ、被上告人は、本件各不動産から生じた賃料債権は、相続開始の時にさかのぼって、本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張し、上告人らは、本件各不動産から生じた賃料債権は、本件遺産分割決定確定の日までは法定相続分に従って各相続人に帰属し、本件遺産分割決定確定の日の翌日から本件各不動産を取得した各相続人に帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張した。
(6)被上告人と上告人らは、本件口座の残金につき、各自が取得することに争いのない金額の範囲で分配し、争いのある金員を上告人が保管し(以下、この金員を「本件保管金」という。)、その帰属を訴訟で確定することを合意した。
2 本件は、被上告人が、上告人に対し、被上告人主張の計算方法によれば、本件保管金は被上告人の取得すべきものであると主張して、上記合意に基づき、本件保管金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年6月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
3 原審は、上記事実関係の下で、次のとおり判断し、被上告人の請求を認容すべきものとした。
 遺産から生ずる法定果実は、それ自体は遺産ではないが、遺産の所有権が帰属する者にその果実を取得する権利も帰属するのであるから、遺産分割の効力が相続開始の時にさかのぼる以上、遺産分割によって特定の財産を取得した者は、相続開始後に当該財産から生ずる法定果実を取得することができる。そうすると、本件各不動産から生じた賃料債権は、相続開始の時にさかのぼって、本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして、本件口座の残金を分配すべきである。これによれば、本件保管金は、被上告人が取得すべきものである。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。
 したがって、相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は、被上告人及び上告人らがその相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり、本件口座の残金は、これを前提として清算されるべきである。
 そうすると、上記と異なる見解に立って本件口座の残金の分配額を算定し、被上告人が本件保管金を取得すべきであると判断して、被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
    最高裁判所第一小法廷
        裁判長裁判官 才口千晴
           裁判官 横尾和子 甲斐中辰夫
               泉 徳治 島田仁郎

遺産たる金銭と遺産分割前の相続人の権利

最高裁平成4年4月10日(家月44巻8号16頁)

相続人が遺産分割前に遺産である金銭を保管している他の相続人に対して自己の相続分相当の金銭の支払を請求することの可否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
 被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てを却下する。
       理   由
 上告代理人松本治雄の上告理由について
 相続人は、遺産の分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないと解するのが相当である。上告人らは、上告人ら及び被上告人がいずれも亡伊藤泰次の相続人であるとして、その遺産分割前に、相続開始時にあった相続財産たる金銭を相続財産として保管中の被上告人に対し、右金銭のうち自己の相続分に相当する金銭の支払を求めているところ、上告人らの本訴請求を失当であるとした原審の判断は正当であって、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて
 第一審において仮執行宣言付給付判決の言渡しを受けた者が、控訴審で民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てをすることなく、第一審の本案判決変更の判決の言渡しを受け、これに対して相手方が上告した場合には、被上告人は、上告裁判所に対して右申立てをすることができない(最高裁昭和五四年(オ)第六九八号、第七七〇号同五五年一月二四日第一小法廷判決・民集三四巻一号一〇二頁)。したがって、本件申立ては不適法として却下すべきである。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官大西勝也 裁判官藤島 昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

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