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金銭債権の共同相続

最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決(民集8巻4号819頁)

相続財産たる金銭その他の可分債権と共同相続人の分割承継
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
       理   由
 上告代理人弁護士梶村謙吾の上告理由第二点について。
 相続人数人ある場合において、その相続財産中に金銭その他の可分債権あるときは、その債権は法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継するものと解するを相当とするから、所論は採用できない。
 同第一点、第三点について。
 論旨第一点は、判例違反をいう点もあるが、判例を具体的に示さないから、不適法な主張たるを免れないし、その余は単なる訴訟法違背の主張であり、(被上告人等は、原審で、所論相続に関する事実を主張し相続分に応じて支払うべき旨請求しているから、所論の違法は認められない。)同第三点は、事実認定を非難するに過ぎないものであつて、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」、(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    入   江   俊   郎

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→先日はどうもお世話になりました。

弁護士の先生に相談するのは初めてだったのでとても緊張していましたが、受付の方も笑顔で対応してくださり、また話しやすく、相談しやすかったです。

私は、聞きたいことをメモして行きましたが、本当につまらないことまでしっかり丁寧に教えて下さり、安心できました。ありがとうございました。

これからも宜しくお願いします。

遺産中の不動産の賃料債権の帰属

最高裁平成17年9月8日第一小法廷判決(民集59巻7号1931頁)

共同相続に係る不動産から生ずる賃料債権の帰属と後にされた遺産分割の効力
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人田中英一、同永井一弘の上告受理申立て理由について
1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1)Aは、平成8年10月13日、死亡した。その法定相続人は、妻である被上告人のほか、子である上告人、B、C及びD(以下、この4名を「上告人ら」という。)である。
(2)Aの遺産には、第1審判決別紙遺産目録1(1)~(17)記載の不動産(以下「本件各不動産」という。)がある。
(3)被上告人及び上告人らは、本件各不動産から生ずる賃料、管理費等について、遺産分割により本件各不動産の帰属が確定した時点で清算することとし、それまでの期間に支払われる賃料等を管理するための銀行口座(以下「本件口座」という。)を開設し、本件各不動産の賃借人らに賃料を本件口座に振り込ませ、また、その管理費等を本件口座から支出してきた。
(4)大阪高等裁判所は、平成12年2月2日、同裁判所平成11年(ラ)第687号遺産分割及び寄与分を定める処分審判に対する抗告事件において、本件各不動産につき遺産分割をする旨の決定(以下「本件遺産分割決定」という。)をし、本件遺産分割決定は、翌3日、確定した。
(5)本件口座の残金の清算方法について、被上告人と上告人らとの間に紛争が生じ、被上告人は、本件各不動産から生じた賃料債権は、相続開始の時にさかのぼって、本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張し、上告人らは、本件各不動産から生じた賃料債権は、本件遺産分割決定確定の日までは法定相続分に従って各相続人に帰属し、本件遺産分割決定確定の日の翌日から本件各不動産を取得した各相続人に帰属するものとして分配額を算定すべきであると主張した。
(6)被上告人と上告人らは、本件口座の残金につき、各自が取得することに争いのない金額の範囲で分配し、争いのある金員を上告人が保管し(以下、この金員を「本件保管金」という。)、その帰属を訴訟で確定することを合意した。
2 本件は、被上告人が、上告人に対し、被上告人主張の計算方法によれば、本件保管金は被上告人の取得すべきものであると主張して、上記合意に基づき、本件保管金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成13年6月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
3 原審は、上記事実関係の下で、次のとおり判断し、被上告人の請求を認容すべきものとした。
 遺産から生ずる法定果実は、それ自体は遺産ではないが、遺産の所有権が帰属する者にその果実を取得する権利も帰属するのであるから、遺産分割の効力が相続開始の時にさかのぼる以上、遺産分割によって特定の財産を取得した者は、相続開始後に当該財産から生ずる法定果実を取得することができる。そうすると、本件各不動産から生じた賃料債権は、相続開始の時にさかのぼって、本件遺産分割決定により本件各不動産を取得した各相続人にそれぞれ帰属するものとして、本件口座の残金を分配すべきである。これによれば、本件保管金は、被上告人が取得すべきものである。
4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。
 したがって、相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は、被上告人及び上告人らがその相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり、本件口座の残金は、これを前提として清算されるべきである。
 そうすると、上記と異なる見解に立って本件口座の残金の分配額を算定し、被上告人が本件保管金を取得すべきであると判断して、被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
    最高裁判所第一小法廷
        裁判長裁判官 才口千晴
           裁判官 横尾和子 甲斐中辰夫
               泉 徳治 島田仁郎

遺産たる金銭と遺産分割前の相続人の権利

最高裁平成4年4月10日(家月44巻8号16頁)

相続人が遺産分割前に遺産である金銭を保管している他の相続人に対して自己の相続分相当の金銭の支払を請求することの可否
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
 被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てを却下する。
       理   由
 上告代理人松本治雄の上告理由について
 相続人は、遺産の分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管している他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできないと解するのが相当である。上告人らは、上告人ら及び被上告人がいずれも亡伊藤泰次の相続人であるとして、その遺産分割前に、相続開始時にあった相続財産たる金銭を相続財産として保管中の被上告人に対し、右金銭のうち自己の相続分に相当する金銭の支払を求めているところ、上告人らの本訴請求を失当であるとした原審の判断は正当であって、その過程に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 被上告人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて
 第一審において仮執行宣言付給付判決の言渡しを受けた者が、控訴審で民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てをすることなく、第一審の本案判決変更の判決の言渡しを受け、これに対して相手方が上告した場合には、被上告人は、上告裁判所に対して右申立てをすることができない(最高裁昭和五四年(オ)第六九八号、第七七〇号同五五年一月二四日第一小法廷判決・民集三四巻一号一〇二頁)。したがって、本件申立ては不適法として却下すべきである。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官大西勝也 裁判官藤島 昭 裁判官中島敏次郎 裁判官木崎良平)

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→急なお願いにもかかわらず、遅い時間に対応していただき

ありがとうございました。大変参考になりました。

連帯債務の相続

最高裁昭和34年6月19日第二小法廷判決(民集13巻6号757頁)

連帯債務の相続
       主   文
 上告人Aの上告を棄却する。
 右上告費用は同上告人の負担とする。
 その余の上告人らの上告につき、原判決を破棄し、本件を広島高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人植木昇の上告理由について。
 連帯債務は、数人の債務者が同一内容の給付につき各独立に全部の給付をなすべき債務を負担しているのであり、各債務は債権の確保及び満足という共同の目的を達する手段として相互に関連結合しているが、なお、可分なること通常の金銭債務と同様である。ところで、債務者が死亡し、相続人が数人ある場合に、被相続人の金銭債務その他の可分債務は、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものと解すべきであるから(大審院昭和五年(ク)第一二三六号、同年一二月四日決定、民集九巻一一一八頁、最高裁昭和二七年(オ)第一一一九号、同二九年四月八日第一小法廷判決、民集八巻八一九頁参照)、連帯債務者の一人が死亡した場合においても、その相続人らは、被相続人の債務の分割されたものを承継し、各自その承継した範囲において、本来の債務者とともに連帯債務者となると解するのが相当である。本件において、原審は挙示の証拠により、被上告人の父Bは、昭和二六年一二月一日上告人らの先々代C、先代D及びDの妻である上告人Aを連帯債務者として金一八三、〇〇〇円を貸与したこと、甲二号証によれば、昭和二七年一二月三一日にも、同一当事者間に金九八、五〇〇円の消費貸借が成立した如くであるが、これは前記一八三、〇〇〇円に対する約定利息等を別途借入金としたものであるから、旧利息制限法の適用をうけ、一八三、〇〇〇円に対する昭和二六年一一月一日から昭和二七年一二月三一日まで年一割の割合による金一八、四五二円の範囲にかぎり、請求が許容されること(右のうち、昭和二六年一一月一日とあるのは、同年一二月一日の誤記であること明らかであり、また、原審の利息の計算にも誤りがあると認められる。)Dは昭和二九年三月二三日死亡し(Cの死亡したことも、原審において争のなかつたところであるが、原判決は、同人の債務を相続した者が何人であるかを認定していない。)、上告人E、F、G及び訴外Hの四名は、その子としてDの債務を相続したこと、債権者Bは、本件債権を被上告人に譲渡し対抗要件を具備したことを各認定ものである。右事実によれば、Cの債務の相続関係はこれを別として、上告人A及びDは被上告人に対し連帯債務を負担していたところ、Dは死亡し相続が開始したというのであるから、Dの債務の三分の一は上告人Aにおいて(但し、同人は元来全額につき連帯債務を負担しているのであるから、本件においては、この承継の結果を考慮するを要しない。)、その余の三分の二は、上告人E、F、G及びIにおいて各自四分の一すなわちDの債務の六分の一宛を承継し、かくしてAは全額につき、その余の上告人らは全額の六分の一につき、それぞれ連帯債務を負うにいたつたものである。従つて、被上告人に対しAは元金一八三、〇〇〇円及びこれに対する前記利息の合計額の支払義務があり、その他の上告人らは、右合計額の六分の一宛の支払義務があるものといわなければならない。しかるに、原審は、上告人らはいずれもその全額につき支払義務があるものとの見解の下に、第一審判決が上告人Aに対し金二八一、五〇〇円の三分の一、その他の上告人らに対し金二八一、五〇〇円の六分の一宛の支払を命じたのは、結局正当であるとして、上告人らの控訴を棄却したものである。それゆえ、上告人Aは、全額につき支払義務があるとする点において、当裁判所も原審と見解を同じうすることに帰し、その上告は結局理由がないが、その他の上告人らに関する部分については、原審は連帯債務の相続に関する解釈を誤つた結果、同上告人らに対し過大の金額の支払を命じたのであつて、同上告人らの上告は理由があるというべきである。よつて、上告人Aの上告は、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、これを棄却し、その他の上告人らの上告については、民訴四〇七条一項により、原判決を破棄し、これを広島高等裁判所に差し戻すべきものとし、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

生命保険金請求権の相続性

最高裁平成16年10月29日第二小法廷判決(民集58巻7号1097頁)

被相続人を保険契約者及び被保険者とし共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づく死亡保険金請求権と民法903条
       主   文
 本件抗告を棄却する。
 抗告費用は抗告人らの負担とする。
       理   由
 抗告代理人宇津呂雄章、同今西康訓、同宇津呂修の抗告理由について
1 本件は、AとBの各共同相続人である抗告人らと相手方との間におけるそれぞれの被相続人の遺産の分割等申立て事件である。
2 記録によれば、本件の経緯は次のとおりである。
(1)抗告人ら及び相手方は、いずれもAとBの間の子である。Aは平成2年1月2日に、Bは同年10月29日に、それぞれ死亡した。Aの法定相続人はB、抗告人ら及び相手方であり、Bの法定相続人は抗告人ら及び相手方である。
(2)本件において遺産分割の対象となる遺産は、Aが所有していた第1審の審判の別紙遺産目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)であり、その平成2年度の固定資産税評価額は合計707万7100円、第1審における鑑定の結果による平成15年2月7日時点の評価額は合計1149万円である。
(3)A及びBの本件各土地以外の遺産については、抗告人ら及び相手方との間において、平成10年11月30日までに遺産分割協議及び遺産分割調停が成立し(その内容は原決定別表1及び2のとおり。)、これにより、相手方は合計1387万8727円、抗告人X1は合計1199万6113円、抗告人X2は合計1221万4998円、抗告人X3は合計1441万7793円に相当する財産をそれぞれ取得した。なお、抗告人ら及び相手方は、本件各土地の遺産分割の際に上記遺産分割の結果を考慮しないことを合意している。
(4)相手方は、AとBのためにa市内の自宅を増築し、AとBを昭和56年6月ころからそれぞれ死亡するまでそこに住まわせ、痴呆状態になっていたAの介護をBが行うのを手伝った。その間、抗告人らは、いずれもA及びBと同居していない。
(5)相手方は、次の養老保険契約及び養老生命共済契約に係る死亡保険金等を受領した。
  ア 保険者をC保険相互会社、保険契約者及び被保険者をB、死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日平成2年3月1日)の死亡保険金500万2465円
  イ 保険者をD保険相互会社、保険契約者及び被保険者をB、死亡保険金受取人を相手方とする養老保険(契約締結日昭和39年10月31日)の死亡保険金73万7824円
  ウ 共済者をE農業協同組合、共済契約者をA、被共済者をB、共済金受取人をAとする養老生命共済(契約締結日昭和51年7月5日)の死亡共済金等合計219万4768円(入院共済金13万4000円、死亡共済金206万0768円)
(6)抗告人らは、上記(5)の死亡保険金等が民法903条1項のいわゆる特別受益に該当すると主張した。
3 原審は、前記2(5)の死亡保険金等については、同項に規定する遺贈又は生計の資本としての贈与に該当しないとして、死亡保険金等の額を被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に加えること(以下、この操作を「持戻し」という。)を否定した上、本件各土地を相手方の単独取得とし、相手方に対し抗告人ら各自に代償金各287万2500円の支払を命ずる旨の決定をした。
4 前記2(5)ア及びイの死亡保険金について
 被相続人が自己を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と指定して締結した養老保険契約に基づく死亡保険金請求権は、その保険金受取人が自らの固有の権利として取得するのであって、保険契約者又は被保険者から承継取得するものではなく、これらの者の相続財産に属するものではないというべきである(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)。また、死亡保険金請求権は、被保険者が死亡した時に初めて発生するものであり、保険契約者の払い込んだ保険料と等価関係に立つものではなく、被保険者の稼働能力に代わる給付でもないのであるから、実質的に保険契約者又は被保険者の財産に属していたものとみることはできない(最高裁平成11年(受)第1136号同14年11月5日第一小法廷判決・民集56巻8号2069頁参照)。したがって、上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。上記特段の事情の有無については、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。
 これを本件についてみるに、前記2(5)ア及びイの死亡保険金については、その保険金の額、本件で遺産分割の対象となった本件各土地の評価額、前記の経緯からうかがわれるBの遺産の総額、抗告人ら及び相手方と被相続人らとの関係並びに本件に現れた抗告人ら及び相手方の生活実態等に照らすと、上記特段の事情があるとまではいえない。したがって、前記2(5)ア及びイの死亡保険金は、特別受益に準じて持戻しの対象とすべきものということはできない。
5 前記2(5)ウの死亡共済金等について
 上記死亡共済金等についての養老生命共済契約は、共済金受取人をAとするものであるので、その死亡共済金等請求権又は死亡共済金等については、民法903条の類推適用について論ずる余地はない。
6 以上のとおりであるから、前記2(5)の死亡保険金等について持戻しを認めず、前記3のとおりの遺産分割をした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
    最高裁判所第二小法廷
        裁判長裁判官  北川弘治
           裁判官  福田 博 梶谷 玄
                滝井繁男 津野 修

慰謝料請求権の相続性

最高裁昭和42年11月1日大法廷判決(民集21巻9号2249頁)

慰藉料請求権は相続の対象となるか
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人高橋方雄の上告理由について。
 論旨は、要するに、原判決が慰藉料請求権は一身専属権であり、被害者の請求の意思の表明があつたときはじめて相続の対象となると解したのは、公平の観念および条理に反し、慰藉料請求権の相続に関する法理を誤つたものであるというにある。
 案ずるに、ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である。けだし、損害賠償請求権発生の時点について、民法は、その損害が財産上のものであるか、財産以外のものであるかによつて、別異の取扱いをしていないし、慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるけれども、これを侵害したことによつて生ずる慰藉料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はなく、民法七一一条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰藉料請求権とは別に、固有の慰藉料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者の相続人は、必ずしも、同条の規定により慰藉料請求権を取得しうるものとは限らないのであるから、同条があるからといつて、慰藉料請求権が相続の対象となりえないものと解すべきではないからである。しからば、右と異なつた見解に立ち、慰藉料請求権は、被害者がこれを行使する意思を表明し、またはこれを表明したものと同視すべき状況にあつたとき、はじめて相続の対象となるとした原判決は、慰藉料請求権の性質およびその相続に関する民法の規定の解釈を誤つたものというべきで、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本訴請求の当否について、さらに審理をなさしめるため、本件を原審に差戻すことを相当とする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官奥野健一の補足意見、裁判官田中二郎、同松田二郎、同岩田誠、同色川幸太郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官奥野健一の補足意見は、次のとおりである。
 民法七一〇条は「他人ノ身体、自由又ハ名誉ヲ害シタル場合ト財産権ヲ害シタル場合トヲ問ハス前条ノ規定ニ依リテ損害賠償ノ責ニ任スル者ハ財産以外ノ損害ニ対シテモ其賠償ヲ為スコトヲ要ス」と規定し、身体、自由等の非財産的権利を財産権と全く同列に置き、共に不法行為の対象となる法益とし、かつその損害に対しては、財産権侵害の場合と同様、原則として金銭賠償により、これを救済せんとするのである(同法七二二条、四一七条)。
 従つて、非財産権が侵害された場合は、財産権が侵害された場合と同様、その侵害と同時に、損害賠償請求権が発生するものと解すべきであり、非財産権の侵害の場合に限つて、被害者がこれを請求する意思を表示した場合に、始めて賠償請求権が発生するものと解すべき法文上の根拠は毫もない。また、生命を侵害された場合に、被害者の得べかりし財産上の利益の喪失による損害については、被害者がこれを請求する意思を表示したと否とにかかわらず、当然相続人において被害者の財産上の損害賠償請求権を相続したものとして請求し得るのと同様に、非財産権の侵害による慰藉料請求権も、被害者がこれを請求する旨の意思を表示したか否かにかかわらず、当然金銭債権として、相続人がこれを相続したものと解するのが当然である。
 もし、非財産権侵害による慰藉料請求権は、被害者がこれを請求する意思を表示して始めて発生するものとすれば、民法七二四条により慰藉料請求権が、未だ発生しないのに消滅時効が進行するという不合理な結果を生ずることになる。また、被害者が慰藉料請求の意思を表示した場合に限り、慰藉料請求権の相続性が認められるとするならば、被害者即死の場合や、慰藉料請求の意思を表示することができない程の重傷を蒙つた場合などは、常に慰藉料請求権は否定されることになり、かかる重大加害者は常に慰藉料支払の義務を不当に免れる結果となる。更に航空機や船舶の遭難により全員が死亡したような場合には、慰藉料請求の意思表示をした事実の立証は不可能であるから、かかる場合、概ね慰藉料請求権は否定されることになり、甚だ不当な結果となる。
 もし、慰藉料請求権の本質が「被害者その人の精神的苦痛を慰藉すること」を目的とするものであるから、被害者の一身に専属する権利であつて、譲渡性、相続性なしというのであれば、仮令被害者がこれを請求する意思を表示したからといつて、遽に慰藉料が被害者その人の精神的苦痛を慰藉するという性質を変じ、譲渡性、相続性が生ずるいわれはないものと考えられる。
 大審院が、明治四三年一〇月三日の判決においては、被害者が加害者に対して慰藉料を請求すると意思を表示したときは、相続の対象となるものと解し、大正八年六月五日の判決では、被害者が慰藉料を請求する意思を書面に表示し、これを執達吏に交付しその催告を委任したが、その催告書が加害者に到達する以前に死亡した場合でも、被害者は慰藉料請求の意思を表示したことになるから、その慰藉料請求権は相続の対象となるとしたのであるが、昭和二年五月三〇日の判決では被害者が「残念残念」と連呼しながら死亡した場合には、特別の事情がないかぎり、加害者に対して慰藉料請求の意思表示をしたものと解することができるというに至り、被害者の請求の意思表示の要件を次第に緩和せんとする傾向にあつたものと認められる。慰藉料請求権の相続性につき被害者の請求の意思表示を必要とするとの大審院判例は、今や変更せられるべき時期に来ているものと思料せられる。
 要するに、わが民法の建前によれば、いやしくも、非財産権の侵害があれば、財産権侵害の場合と同様、特別の事情のない限り、当然に損害が発生し、従つて被害者は慰藉料請求権を取得し、これを放棄したと認められるような特段の事情のない限り、相続人に相続せられるものと解すべきであつて、ドイツ民法八四七条等とその立法の建前を異にするものであり、これをわが民法の解釈の資料とすることはできない。また、近代不法行為法の理想に従えば、いやしくも不法行為により他人に損害を生ぜしめた以上、その損害が財産的、非財産的であるを問わず、出来るだけ広くこれを賠償させるのが、被害者保護の理想にかなうものであり、たまたま被害者が死亡したからといつて、加害者をして、その責任を免れしめる理由がなく、被害者の相続人に対し、賠償を得させることが前記理想に副う所以である。
 裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。
 私は、慰藉料請求権の性質に関する多数意見の見解には賛成しがたく、結論的にも多数意見とは反対に、本件上告は棄却すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
一、多数意見は、慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するけれども、これを侵害されたことによつて生ずる慰籍料請求権そのものは、単純な金銭債権であるという。しかし、私は、そうは考えない。そもそも、精神的損害といわれるものは、客観的にではなく、被害者の受ける苦痛その他の精神的・感情的状況の如何によつて決まる主観的・個性的なものであり、したがつて、これらの精神的損害が生じたとして、これに対して認められる慰藉料請求権も、単純な金銭債権とみるべきものではなく、被害者の主観によつて支配される多分に精神的な要素をあわせもつたものと解すべきであろう。かような意味において、多数意見のいうように、単に被害法益が一身専属的なものであるだけでなく、慰藉料請求権も、被害者の現実の行使によつて具体化されるまでは、一身専属的なものであり、したがつて、これを行使するかどうかも、被害者の主観的な感情その他の精神的諸条件や当該被害者が置かれている環境その他の社会的諸条件を無視して決せられるべきものではないという意味において、一身専属的なものと考えるべきであると思う。すなわち、第一に、被害者が精神的損害を受けたと感じるかどうか、およびその程度、態様も、被害者の主観によつて決ることであり、第二に、被害者が精神的損害を受けたと感じた場合においても、それを理由として、慰藉料請求権を現実に行使するかどうかは、被害者の感情その他の内的な精神的諸条件および被害者の置かれている環境その他の外的な社会的諸条件によつて影響されることが少なくないのであるから、被害者の主観を尊重し、被害者自身の全人格的な判断にまつべきものであつて、これらの事情を全く無視し、被害者の意思に基づくことなく、慰藉料請求権が当然に具体的に生ずるものと解すべきではないと思う。
  右の点についての私の考え方を要約すると、次のとおりである。すなわち、精神的損害を伴う事故等の発生と同時に、慰藉料請求権は、抽象的・潜在的な形で発生する(したがつて、慰藉料請求権の消滅時効は、この時から起算すべきである。)。この権利は、さきに述べたように、一身専属的な性質を有する。そこで、被害者が自らこの慰藉料請求権を行使することによつて、損害発生時に遡つて、これが具体化され、金銭債権としての損害賠償請求権が具体的・顕在的な形をとるに至る。このように、一身専属的な慰藉料請求権の行使によつて、金銭債権が具体化された後にはじめて、それが、譲渡・相続の対象となり、かつまた、債権者代位権行使の対象ともなり得るものと考えるのである。
二、右のような見地からいえば、慰藉料請求権を具体的に行使するためには、被害者が慰藉料を請求する意思を有するとともに、その意思を外部に表示することを必要とすると解すべきである。すなわち、慰藉料を請求する意思を有するかどうかは、内心の問題として、これを的確に判断することはむずかしいので、何らかの形でこれを外部に表示することを必要とすると解すべきである。かつて大審院が、この点について、幾多の判例を積み重ねてきたのも、被害者保護のために、できるだけ広く慰藉料請求の意思があつたことを推定しようとした苦心の現われといえよう。その結果、時には技巧にすぎ、ひいては、かえつて、慰籍料請求権の叙上の本質を誤つた嫌いがないではないが、被害者の意思の存在とその表示とを必要としたその基本的な考え方においては、無視できないものをもつていると思う。私は、慰籍料請求権を行使するかどうかについても、被害者の主観を尊重する見地から、被害者がこれを行使する意思を有し、しかも、これを外部に表示することを要し、かつ、それをもつて足りるものと解したい。
三、右のように解するときは、生命侵害等の場合--即死その他これに準ずる場合等において、その意思表示の不可能または著しく困難なとき等--に、相続人の保護に欠けるというような批判があり得るであろう。しかし、民法七一一条は、被害者の近親のために、生命侵害に対する固有の慰藉料請求権を認めているのであるから、同条の適用を受けるべき近親の範囲および被害法益の範囲等を拡張的に解釈することによつて、その保護を全うすることができ、また、民法七〇九条、七一〇条による慰藉料請求権も、その要件を具備している以上、その請求が可能なわけであつて、被害者本人の主観を無視して慰藉料請求権の譲渡性、相続性を肯認しなければならない実質的根拠に乏しい。
四、ところで、原判決の確定するところによれば、本件被害者はその死亡まで慰藉料請求の意思を表示しなかつたというのであるから、上告人は、右被害者の相続人であつても、叙上の理由によつて、右被害者の慰藉料請求権を相続によつて取得したものとは認めがたく、したがつて、これと同趣旨に出た原審の判断は、結局、正当であつて、本件上告は棄却を免れないものと考える。
 裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。
(一) 多数意見は次のようにいう。すなわち、「ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である」と。これが本件に対する多数意見の立場であり、すなわち、多数意見はこの立場からきわめて簡単に慰藉料請求権の相続性を肯定する。そして、このような多数意見の見解は、必然に慰藉料請求権の譲渡性の肯定へも導くものと解される。ただし、多数意見は、「慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものである」といいながらも、「これを侵害したことによつて生ずる慰藉料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権である」と主張するからである。すなわち、多数意見のいう「被害者の一身に専属する」という言葉は、慰藉料請求権が沿革的にまた比較法制的に多分に一身専属的のものとされたことに対するいわば一種の儀礼的の表現と解されるのである。要するに、多数意見は、慰藉料請求権を「単純な金銭債権」と解することによつて、その一身専属的性質を実質的に否定し、その譲渡性・相続性を肯定するものである。
  しかし、慰藉料請求権は果して多数意見のいうように、単純な金銭債権であり、譲渡性・相続性を有するものであろうか。私は多数意見に反して、該請求権を一身専属的のものと解するのである。けだし、精神上の苦痛そのものが、きわめて高度に個人的・主観的のものである以上、慰藉料請求権はその苦痛を受けたときに生じるものではあるが、その行使の有無は被害者自身の意思によつて決せられるべきものであり、この点においてそれは債権者代位権に親しまないものというべく、また慰藉料は被害者の苦痛そのものを慰藉するためのものであるから、この点でその請求権をば被害者以外の第三者に譲渡し、もしくは相続人に相続せしむべきではないからである。要するに、叙上が慰藉料請求権の本質である。この見解に立つとき、多数意見はきわめて個人的であるところの慰藉料請求権をきわめて非個人的のものと解した点において、誤に陥つたものといわざるを得ない。すでに述べたように、多数意見が「慰藉料請求権の発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するもの」というからには、多数意見はすべからくその請求権自体の一身専属性を認めるという結論に到達すべきであつたのである。
(二) 本件は慰藉料請求権の相続性の有無に関するものであるので、この点に関するわが国の判例の跡を概観するに、大審院は慰藉料請求権に関して、明治四〇年代から次のような態度を採つていた。すなわち、その判例によれば、「不法行為に因り身体を害された者が財産以外の損害を填補させるため、加害者に対しその慰藉料を請求する意思を表示したときは、その請求権は金銭の支払を目的とする債権に外ならないものであつて、これに因つて得る金額は相続の場合には相続人の取得すべきものであるから、被害者の一身に専属するものでない」というのである(大審院明治四三年一〇月三日判決、民録十六輯六二一頁)。思うに、大審院はこの判決に当り、すべからく慰藉料請求権の本質について深く考慮すべきであつたのである。しかるに、判例は、その後も右の立場を踏襲し、更に慰藉料請求権の相続を容易ならしめる方向に進み、「残念、残念」と連呼しながら死亡した場合においてすら、これをもつて「被害者がその被害が自己の過失に出たことを悔んだような特別の事情のないかぎり、加害者に対し慰藉料請求の意思表示をしたものと解し得られざるにあらず」とするに至つた(大審院昭和二年五月三〇日判決、法律新聞二七〇二号五頁)。そして、このような判例の態度によるときは、被害者即死の場合には慰藉料請求の意思表示がないから、慰藉料請求権の相続がなく、これに反して被害者が即死しないで「残念、残念」と連呼したときは、その相続があるというような不均衡を生じることとなる。この点は、従来、学説上、非難されたところであり、多数意見もこのことを特に強く意識した結果、慰藉料請求権をもつて、「財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となるもの」としたのだと思われる。そして、終にその一身専属性を全く否定するに至つたのである。
(三) 多数意見が慰藉料請求権の本質を正解しないことは、右に述べたとおりである。しかも、多数意見に従うときは、結果的にも著しい不都合を生じるのである。この点よりしても、多数意見の失当なことは明らかである。私は、次にその二、三の例をあげてみたい。
 (1) 多数意見によれば、父親が貧困のため何等子に残すべき財産のない場合でも、父親が他人から侮辱され、時には暴行さえ加えられて精神上多くの苦痛を受けて死亡すると、父親がその生前右の精神上の苦痛につき慰藉料を請求する意思を表明しなくとも、その請求権を放棄したと解される特別の事情のないかぎり、父親の慰藉料請求権は当然に相続され、それだけ多くの相続財産が生じることとなる。相続財産の多寡の点よりいえば、父親が他人から多くの精神的苦痛を受けた上、死亡した方が望ましいこととなるのである。しかも、この慰藉料請求権は相手方の不法行為によつて生じたものに外ならないから、子としては、この慰藉料請求権を行使するに当つて、相手方から相殺をもつて対抗されることはない(民法五〇九条)。従つて、この慰藉料請求権はきわめて確実な相続財産ということになるわけである。
 (2) 多数意見によれば、事業経営に失敗し、他人より侮辱され軽蔑され精神上多大の苦痛を受けた上破産した者があるとき、破産者が慰藉料を請求する意思を表明しない場合でも、これを放棄したと解される特別の事情のないかぎり、破産者の有するこの請求権は当然に破産財団に属することとなる。従つて、破産者が破産前、多くの精神上の苦痛を受けていれば、それに応じて破産財団の財産は増加するわけである。しかも、管財人は善良なる管理者の注意を以てその職務を行うことを要し、その注意を怠るときは損害賠償の責に任ずるから(破産法一六四条)、もし管財人が破産者の有する慰藉料請求権の行使を怠つたときは、損害賠償の責を免れえないこととなるのである。
 (3) 既に指摘したように、多数意見に従えば、慰籍料請求権の譲渡性はこれを肯定することとなる。従つて、多数意見によれば、他人から精神上の苦痛を受けた者がその苦痛について損害賠償を請求する意思を表明しない場合でも、その請求権を放棄したものと解しうる特別の事情のないかぎり、その被害者に対して債権を有する者は、被害者が加害者に対して有する慰藉料請求権を差押え、これを取立てまたは転付せしめうる(民訴法六〇一条、六〇二条)こととなるのである。
 (4) 「慰藉料請求権が財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権である」ならば、債務者の有する慰藉料請求権をば、債権者は代位行使できることとなる。その債権者の債権者もまた代位行使できることとなる。けだし、代位権の代位行使も可能であるからである。
  叙上のような設例は、あるいは極端なものと思われるかも知れない。しかし、多数意見に従うならば、右のような結果は当然生じうるところである。従つて、多数意見に従うときは、今後慰藉料請求権に関して、きわめて奇矯な訴訟が起り、しかも裁判所としてはこれを認めざるを得ないこととなるのである。
(四) 慰藉料請求権の相続性と関連して考うべき問題が存在する。まず、(イ)慰籍料請求権と民法七一一条との関係をいかに解するかの点である。しかし、私の見解によれば、生命を害されて死亡した者の慰藉料は相続人によつて取得されないから、近親者は同条による固有の慰藉料請求権のみを有することとなる。従つて、この固有の慰藉料請求権と相続した慰藉料請求権の両者の併存を前提とする問題は生じ得ないこととなる。多数意見は二つの請求権の併存を認めるため、いたずらに両者間の法律関係を錯雑ならしめるに過ぎない。(なお民法七一一条は慰藉料を請求しうる者の範囲を限定したものでなく、同条所定の者に対し、損害発生の挙証責任を軽減したものと解される)。次に(ロ)多数意見によれば、死亡者の遺族は右の両請求権を有しうることとなり、一見遺族の保護に厚いとの観を呈するのである。しかし、慰藉料の額は裁判所が諸般の事情(訴訟において原告の受ける慰藉料の総額もこの事情の一つである)を斟酌して決すべきものである以上、多数意見によつても、遺族の取得しうる賠償額が当然に増加するとはいえない。徒つて、この点は必ずしも卑見に対する反対の理由となり得ない。(ハ)なお慰藉料請求権は、一身専属的権利であるが、その個人的・主観的色彩の減退のため、通常の金銭債権と同視しうべきものに転化する場合がある。一体、慰藉料の額は、おのおのの具体的場合に即して決することを要し、容易に決し難いところであるが、たとえば加害者が被害者の慰藉料の請求に対し、一定額の金員を支払うことを約したような場合、当該請求権は、通常の金銭債権と多く択ぶところなく、これに転化したものと認められる。ただし、この場合慰藉料請求権の個人的・主観的色彩褪せた結果、客観的には通常の金銭債権が存在するものと考えられるからである。債務名義によつて、加害者が被害者に対し慰藉料として一定額の金員の支払をなすべきものとされた場合も同様である。
(五) 今、叙上の見地に立つて本件を見るに、原審の認定したところによれば、被上告会社の自動車運転手であるAは、昭和三六年八月一六日被上告会社のためその所有の大型貨物自動車を運転して栃木県下都賀郡a町b番地先国道に差しかかつた際、右自動車をBの乗る自転車に衝突させ、よつて同人を死亡するに至らしめたところ、Bはその死亡まで慰藉料請求の意思を表示しなかつたというのである。しからば、上告人はBの相続人であるにせよ、Bの慰藉料請求権を相続により取得したものとは認め難く、従つてこれと同趣旨に出た原審の判断は正当であつて、本件上告は棄却を免れないのである。
 裁判官岩田誠は、裁判官松田二郎の右反対意見に同調する。
 裁判官色川幸太郎の反対意見は、次のとおりである。
一、ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得するものであることは多数意見の説くとおりであるが、私は、この権利は行使において一身専属的なものであると考えるのである。
  慰藉料は、いうまでもなく、精神的損害の賠償のために支払われるものであり、被害者の精神的、肉体的苦痛を、普遍的な価値である金銭をもつて、消除し軽減せしめようとするわけである。苦痛は必ずしも現在のものに限ることなく、将来苦痛を感ずるであろうことが合理的に期待されるときをも含むと考えるべきであるが、それにしても、現在又は将来において、苦痛を全く感受しないときには慰藉料請求権は発生しない。ところでなんらかの違法な法益侵害があつたときに、苦痛を感受するかどうか、感受するとしてもその程度如何は、人によつて著しい格差があるばかりでなく、同一人に対し同一態様の侵害が加えられても、時により環境に応じ、その苦痛は千変万化するものであつて、財産権の侵害の場合のように同一の加害が同一の損害を生ずるものとは全くその趣を異にする。一般人にとつては認容の限界を越えた許すべからざる人格権の侵害でも、ある人にとつては格別痛痒を感じない場合もなしとはしないし、その逆もまた考えられないわけではない。さらにまた、ある不法行為によつてある人が苦痛等を感じたとしても、これを請求することを憚る事情の存在することもまたあり得るのである。要するに精神上の損害は極めて個性的なものであつて、その賠償請求権の行使は当該本人の自由なる意思にかからしめることを相当とし、したがつて、権利者以外の第三者が代つて行使することは許されない性質を有するのである。慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は、多数意見の認めるごとく、一身専属であるが、それだけにとどまらず、慰藉料請求権は行使において一身専属であり、権利者が行使しない以上相続、差押等の目的にはならないと解するを相当とする。
  而して、一旦権利者によつて行使されるならば一身専属性は解消し、通常の金銭債権となるのであるが、請求権は義務者に対し一定の行為を請求することを内容とするものであるからして、その行使は、義務者に対する明確な意思表示によつてなされなければならない。死に臨んで被害者が残念だと絶叫してもそれを以て請求権の行使とすることはできないのである。
二、次に、死者につき、死亡したことそのものを原因とする慰藉料請求権の取得が認められるであろうか。多数意見はそれを自明のこととしているようである。しかし苦痛は生きておればこそ感受できるものであり、そしてまた人は死亡によつて権利主体たることをやめるわけである。死者が死亡を原因として慰藉料請求権を取得するとするためには、死亡による苦痛を死者自身がこれを感受し、死亡のその瞬間に、死者が慰藉料請求権を取得する、すなわち死前に死があり、死後にまた生がある、という奇異なる論理を肯定した上でなければなるまい。この間にいかなる巧妙な法律的操作を施しても、かかる非論理性は、所詮、救われないのである。民法七一〇条は、慰藉料請求権の被害法益として、身体、自由、名誉及び財産権を列挙している。これが限定的なものでないとしても、被害法益の尤たる生命侵害に全くふれるところがないのは、七一一条と対比した場合、極めて示唆的である。生命を侵害された死者自身が慰藉料請求権を取得するという法理は、結局、わが民法の認めないところではあるまいか。
三、さきに述べたごとく、生命侵害の場合でも、即死でなく、受傷後死亡までに若干の日時があり、その間に慰藉料請求権を行使したものであるならば、この権利は死亡によつて相続され、民法七一一条による相続人固有の慰藉料請求権と併存することになる。そうだとすると、即死したとき又は被害者本人が存命中に慰藉料請求権を行使しなかつたとき、即ち相続の対象となる慰藉料請求権が存しないときは、前記の併存の場合に比し、形の上では、一見甚だ不利益であつて権衡を失するかのごとくである。しかし二本だてが一本だてに比べてより有利だということには必ずしもならないのである。けだし、慰藉料の額は裁判所の自由なる心証によつて量定されるものであるが、それにしても、相続による慰藉料請求権取得の有無は、民法七一一条等に基づく当該相続人に固有な慰藉料請求権の額を算定する場合に当然参酌されるべき事情であつて、相続による慰藉料が多額であれば、相続人の苦痛はそれだけ軽減されるのであるから固有の慰藉料はこれに応じて低かるべきであり、反対に、即死の場合のように、被害者が肉親の看護を受けず、後事を託する余裕もなかつたようなときは、相続できる慰藉料請求権こそなけれ、遺族の苦痛は甚大であるが故に、固有の慰藉料請求権は自ら大とならざるを得ないからである。もつとも叙上の見解にたつと、遺族ではあるが、民法七一一条に列挙されたところに該当せず、そしてまた、内縁の妻その他これに準ずるような特別の間柄(これらの遺族は、民法七〇九条、七一〇条に基づく固有の慰藉料請求権を有すると考える。)にもない者にとつては、被害者である被相続人において慰藉料請求権を取得しない以上、加害者に対し慰藉料の請求をすることはできないわけである。しかし、これらの者は、当該被害者の死亡に因つて深刻な精神的打撃を受けないが故に、固有の慰藉料請求権を取得し得ない立場にあるのであるから、相続すべき慰藉料請求権が存在すれば格別、そうでない場合においても、単に相続人であるというだけで、利益を受ける結果となるのは妥当を欠くといわなければならない。したがつてかくのごとき遺族について慰藉料請求権を否定することは、加害者をして不当に義務を免かれしめることになるという非難には、到底同調できないのである。
四、慰藉料の種類を多く認めることが必ずしも、被害者側の救済を厚くする所以ではないことは上述のとおりであるが、私は、もともと不法行為による損害賠償請求事件、特にいわゆる人身事故の訴訟事件においては、主力を逸失利益の算定にそそぐべきであつて、安易に慰藉料によりかかるべきではない、と考えているものである。もとより私といえども、かかる訴訟において現在慰藉料の果している役割をしかく軽視するわけではない。逸失利益の算定には、幾多の困難があり、算定の基礎たるデータも多くは不確定、不安定なものであるから、結論たる裁判の具体的妥当性を追求するために、自由に量定し得る慰藉料を以て、判断過程の欠陥を補完する必要を生ずることは否めない事実であろう。しかし、裁判は本来、法律が規定している構成要件の存否を確定し、これに法規をあてはめて法律効果を定める法律的価値判断であるから、事後における客観的な検証に堪え、また特に事前において予測可能性のあることが要請されるものであり、合理的な思惟と共通普遍な理論を以てすれば裁判の結論が自ら流出する底のものであるのが望ましいのである。一言でいえば裁判は水ものであつてはならないのである。しかるに慰藉料の算定には未だ何らの規範もないのであつて、要するに被害者及び加害者をめぐるあらゆる事情に基づき公平なる観念に従つてきめるものだ、というにすぎない。しかもいかなる事情をいかなる程度に参酌してその量定をしたかということは判示することも困難であり、またその必要もないことになつている(大判昭和八年七月七日、民集一二巻一八〇五頁等参照)のであるから、ともすれば裁判官の主観に流れる傾向なしとはしないのである。将来、判例の集積によつて慰藉料が概ね定型化された場合ならばとにかく、少くとも現在の段階において慰藉料のいわば調整的機能に過度に傾斜することは戒心すべきであり、その意味から慰藉料の種類を複雑にすることには賛成し難いのである。
五、ところで本件について見ると、被上告人の雇人である自動車運転者訴外Aは被上告人のために貨物自動車を運行中、過失によつて訴外亡Bに右自動車を衝突せしめたこと、そのために重傷を負つた同人は一二日後に遂に死亡したのであるがその間前記傷害による慰藉料請求の意思を表示しなかつたものであること、以上は原審の認定するところであるから、Bの妹である上告人としては、民法七〇九条、七一〇条によつて独自に慰藉料の請求をする場合は格別、相続を理由としてはこれを請求し得ないと解すべきである。したがつて、これと同趣旨に出た原審の判断は正当であつて、本件上告は棄却すべきものと考える。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎)

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