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慰謝料請求権の相続性

最高裁昭和42年11月1日大法廷判決(民集21巻9号2249頁)

慰藉料請求権は相続の対象となるか
       主   文
 原判決を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 上告代理人高橋方雄の上告理由について。
 論旨は、要するに、原判決が慰藉料請求権は一身専属権であり、被害者の請求の意思の表明があつたときはじめて相続の対象となると解したのは、公平の観念および条理に反し、慰藉料請求権の相続に関する法理を誤つたものであるというにある。
 案ずるに、ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である。けだし、損害賠償請求権発生の時点について、民法は、その損害が財産上のものであるか、財産以外のものであるかによつて、別異の取扱いをしていないし、慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるけれども、これを侵害したことによつて生ずる慰藉料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はなく、民法七一一条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰藉料請求権とは別に、固有の慰藉料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者の相続人は、必ずしも、同条の規定により慰藉料請求権を取得しうるものとは限らないのであるから、同条があるからといつて、慰藉料請求権が相続の対象となりえないものと解すべきではないからである。しからば、右と異なつた見解に立ち、慰藉料請求権は、被害者がこれを行使する意思を表明し、またはこれを表明したものと同視すべき状況にあつたとき、はじめて相続の対象となるとした原判決は、慰藉料請求権の性質およびその相続に関する民法の規定の解釈を誤つたものというべきで、この違法が原判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本訴請求の当否について、さらに審理をなさしめるため、本件を原審に差戻すことを相当とする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官奥野健一の補足意見、裁判官田中二郎、同松田二郎、同岩田誠、同色川幸太郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官奥野健一の補足意見は、次のとおりである。
 民法七一〇条は「他人ノ身体、自由又ハ名誉ヲ害シタル場合ト財産権ヲ害シタル場合トヲ問ハス前条ノ規定ニ依リテ損害賠償ノ責ニ任スル者ハ財産以外ノ損害ニ対シテモ其賠償ヲ為スコトヲ要ス」と規定し、身体、自由等の非財産的権利を財産権と全く同列に置き、共に不法行為の対象となる法益とし、かつその損害に対しては、財産権侵害の場合と同様、原則として金銭賠償により、これを救済せんとするのである(同法七二二条、四一七条)。
 従つて、非財産権が侵害された場合は、財産権が侵害された場合と同様、その侵害と同時に、損害賠償請求権が発生するものと解すべきであり、非財産権の侵害の場合に限つて、被害者がこれを請求する意思を表示した場合に、始めて賠償請求権が発生するものと解すべき法文上の根拠は毫もない。また、生命を侵害された場合に、被害者の得べかりし財産上の利益の喪失による損害については、被害者がこれを請求する意思を表示したと否とにかかわらず、当然相続人において被害者の財産上の損害賠償請求権を相続したものとして請求し得るのと同様に、非財産権の侵害による慰藉料請求権も、被害者がこれを請求する旨の意思を表示したか否かにかかわらず、当然金銭債権として、相続人がこれを相続したものと解するのが当然である。
 もし、非財産権侵害による慰藉料請求権は、被害者がこれを請求する意思を表示して始めて発生するものとすれば、民法七二四条により慰藉料請求権が、未だ発生しないのに消滅時効が進行するという不合理な結果を生ずることになる。また、被害者が慰藉料請求の意思を表示した場合に限り、慰藉料請求権の相続性が認められるとするならば、被害者即死の場合や、慰藉料請求の意思を表示することができない程の重傷を蒙つた場合などは、常に慰藉料請求権は否定されることになり、かかる重大加害者は常に慰藉料支払の義務を不当に免れる結果となる。更に航空機や船舶の遭難により全員が死亡したような場合には、慰藉料請求の意思表示をした事実の立証は不可能であるから、かかる場合、概ね慰藉料請求権は否定されることになり、甚だ不当な結果となる。
 もし、慰藉料請求権の本質が「被害者その人の精神的苦痛を慰藉すること」を目的とするものであるから、被害者の一身に専属する権利であつて、譲渡性、相続性なしというのであれば、仮令被害者がこれを請求する意思を表示したからといつて、遽に慰藉料が被害者その人の精神的苦痛を慰藉するという性質を変じ、譲渡性、相続性が生ずるいわれはないものと考えられる。
 大審院が、明治四三年一〇月三日の判決においては、被害者が加害者に対して慰藉料を請求すると意思を表示したときは、相続の対象となるものと解し、大正八年六月五日の判決では、被害者が慰藉料を請求する意思を書面に表示し、これを執達吏に交付しその催告を委任したが、その催告書が加害者に到達する以前に死亡した場合でも、被害者は慰藉料請求の意思を表示したことになるから、その慰藉料請求権は相続の対象となるとしたのであるが、昭和二年五月三〇日の判決では被害者が「残念残念」と連呼しながら死亡した場合には、特別の事情がないかぎり、加害者に対して慰藉料請求の意思表示をしたものと解することができるというに至り、被害者の請求の意思表示の要件を次第に緩和せんとする傾向にあつたものと認められる。慰藉料請求権の相続性につき被害者の請求の意思表示を必要とするとの大審院判例は、今や変更せられるべき時期に来ているものと思料せられる。
 要するに、わが民法の建前によれば、いやしくも、非財産権の侵害があれば、財産権侵害の場合と同様、特別の事情のない限り、当然に損害が発生し、従つて被害者は慰藉料請求権を取得し、これを放棄したと認められるような特段の事情のない限り、相続人に相続せられるものと解すべきであつて、ドイツ民法八四七条等とその立法の建前を異にするものであり、これをわが民法の解釈の資料とすることはできない。また、近代不法行為法の理想に従えば、いやしくも不法行為により他人に損害を生ぜしめた以上、その損害が財産的、非財産的であるを問わず、出来るだけ広くこれを賠償させるのが、被害者保護の理想にかなうものであり、たまたま被害者が死亡したからといつて、加害者をして、その責任を免れしめる理由がなく、被害者の相続人に対し、賠償を得させることが前記理想に副う所以である。
 裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりである。
 私は、慰藉料請求権の性質に関する多数意見の見解には賛成しがたく、結論的にも多数意見とは反対に、本件上告は棄却すべきものと考える。その理由は、次のとおりである。
一、多数意見は、慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するけれども、これを侵害されたことによつて生ずる慰籍料請求権そのものは、単純な金銭債権であるという。しかし、私は、そうは考えない。そもそも、精神的損害といわれるものは、客観的にではなく、被害者の受ける苦痛その他の精神的・感情的状況の如何によつて決まる主観的・個性的なものであり、したがつて、これらの精神的損害が生じたとして、これに対して認められる慰藉料請求権も、単純な金銭債権とみるべきものではなく、被害者の主観によつて支配される多分に精神的な要素をあわせもつたものと解すべきであろう。かような意味において、多数意見のいうように、単に被害法益が一身専属的なものであるだけでなく、慰藉料請求権も、被害者の現実の行使によつて具体化されるまでは、一身専属的なものであり、したがつて、これを行使するかどうかも、被害者の主観的な感情その他の精神的諸条件や当該被害者が置かれている環境その他の社会的諸条件を無視して決せられるべきものではないという意味において、一身専属的なものと考えるべきであると思う。すなわち、第一に、被害者が精神的損害を受けたと感じるかどうか、およびその程度、態様も、被害者の主観によつて決ることであり、第二に、被害者が精神的損害を受けたと感じた場合においても、それを理由として、慰藉料請求権を現実に行使するかどうかは、被害者の感情その他の内的な精神的諸条件および被害者の置かれている環境その他の外的な社会的諸条件によつて影響されることが少なくないのであるから、被害者の主観を尊重し、被害者自身の全人格的な判断にまつべきものであつて、これらの事情を全く無視し、被害者の意思に基づくことなく、慰藉料請求権が当然に具体的に生ずるものと解すべきではないと思う。
  右の点についての私の考え方を要約すると、次のとおりである。すなわち、精神的損害を伴う事故等の発生と同時に、慰藉料請求権は、抽象的・潜在的な形で発生する(したがつて、慰藉料請求権の消滅時効は、この時から起算すべきである。)。この権利は、さきに述べたように、一身専属的な性質を有する。そこで、被害者が自らこの慰藉料請求権を行使することによつて、損害発生時に遡つて、これが具体化され、金銭債権としての損害賠償請求権が具体的・顕在的な形をとるに至る。このように、一身専属的な慰藉料請求権の行使によつて、金銭債権が具体化された後にはじめて、それが、譲渡・相続の対象となり、かつまた、債権者代位権行使の対象ともなり得るものと考えるのである。
二、右のような見地からいえば、慰藉料請求権を具体的に行使するためには、被害者が慰藉料を請求する意思を有するとともに、その意思を外部に表示することを必要とすると解すべきである。すなわち、慰藉料を請求する意思を有するかどうかは、内心の問題として、これを的確に判断することはむずかしいので、何らかの形でこれを外部に表示することを必要とすると解すべきである。かつて大審院が、この点について、幾多の判例を積み重ねてきたのも、被害者保護のために、できるだけ広く慰藉料請求の意思があつたことを推定しようとした苦心の現われといえよう。その結果、時には技巧にすぎ、ひいては、かえつて、慰籍料請求権の叙上の本質を誤つた嫌いがないではないが、被害者の意思の存在とその表示とを必要としたその基本的な考え方においては、無視できないものをもつていると思う。私は、慰籍料請求権を行使するかどうかについても、被害者の主観を尊重する見地から、被害者がこれを行使する意思を有し、しかも、これを外部に表示することを要し、かつ、それをもつて足りるものと解したい。
三、右のように解するときは、生命侵害等の場合--即死その他これに準ずる場合等において、その意思表示の不可能または著しく困難なとき等--に、相続人の保護に欠けるというような批判があり得るであろう。しかし、民法七一一条は、被害者の近親のために、生命侵害に対する固有の慰藉料請求権を認めているのであるから、同条の適用を受けるべき近親の範囲および被害法益の範囲等を拡張的に解釈することによつて、その保護を全うすることができ、また、民法七〇九条、七一〇条による慰藉料請求権も、その要件を具備している以上、その請求が可能なわけであつて、被害者本人の主観を無視して慰藉料請求権の譲渡性、相続性を肯認しなければならない実質的根拠に乏しい。
四、ところで、原判決の確定するところによれば、本件被害者はその死亡まで慰藉料請求の意思を表示しなかつたというのであるから、上告人は、右被害者の相続人であつても、叙上の理由によつて、右被害者の慰藉料請求権を相続によつて取得したものとは認めがたく、したがつて、これと同趣旨に出た原審の判断は、結局、正当であつて、本件上告は棄却を免れないものと考える。
 裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。
(一) 多数意見は次のようにいう。すなわち、「ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である」と。これが本件に対する多数意見の立場であり、すなわち、多数意見はこの立場からきわめて簡単に慰藉料請求権の相続性を肯定する。そして、このような多数意見の見解は、必然に慰藉料請求権の譲渡性の肯定へも導くものと解される。ただし、多数意見は、「慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものである」といいながらも、「これを侵害したことによつて生ずる慰藉料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権である」と主張するからである。すなわち、多数意見のいう「被害者の一身に専属する」という言葉は、慰藉料請求権が沿革的にまた比較法制的に多分に一身専属的のものとされたことに対するいわば一種の儀礼的の表現と解されるのである。要するに、多数意見は、慰藉料請求権を「単純な金銭債権」と解することによつて、その一身専属的性質を実質的に否定し、その譲渡性・相続性を肯定するものである。
  しかし、慰藉料請求権は果して多数意見のいうように、単純な金銭債権であり、譲渡性・相続性を有するものであろうか。私は多数意見に反して、該請求権を一身専属的のものと解するのである。けだし、精神上の苦痛そのものが、きわめて高度に個人的・主観的のものである以上、慰藉料請求権はその苦痛を受けたときに生じるものではあるが、その行使の有無は被害者自身の意思によつて決せられるべきものであり、この点においてそれは債権者代位権に親しまないものというべく、また慰藉料は被害者の苦痛そのものを慰藉するためのものであるから、この点でその請求権をば被害者以外の第三者に譲渡し、もしくは相続人に相続せしむべきではないからである。要するに、叙上が慰藉料請求権の本質である。この見解に立つとき、多数意見はきわめて個人的であるところの慰藉料請求権をきわめて非個人的のものと解した点において、誤に陥つたものといわざるを得ない。すでに述べたように、多数意見が「慰藉料請求権の発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するもの」というからには、多数意見はすべからくその請求権自体の一身専属性を認めるという結論に到達すべきであつたのである。
(二) 本件は慰藉料請求権の相続性の有無に関するものであるので、この点に関するわが国の判例の跡を概観するに、大審院は慰藉料請求権に関して、明治四〇年代から次のような態度を採つていた。すなわち、その判例によれば、「不法行為に因り身体を害された者が財産以外の損害を填補させるため、加害者に対しその慰藉料を請求する意思を表示したときは、その請求権は金銭の支払を目的とする債権に外ならないものであつて、これに因つて得る金額は相続の場合には相続人の取得すべきものであるから、被害者の一身に専属するものでない」というのである(大審院明治四三年一〇月三日判決、民録十六輯六二一頁)。思うに、大審院はこの判決に当り、すべからく慰藉料請求権の本質について深く考慮すべきであつたのである。しかるに、判例は、その後も右の立場を踏襲し、更に慰藉料請求権の相続を容易ならしめる方向に進み、「残念、残念」と連呼しながら死亡した場合においてすら、これをもつて「被害者がその被害が自己の過失に出たことを悔んだような特別の事情のないかぎり、加害者に対し慰藉料請求の意思表示をしたものと解し得られざるにあらず」とするに至つた(大審院昭和二年五月三〇日判決、法律新聞二七〇二号五頁)。そして、このような判例の態度によるときは、被害者即死の場合には慰藉料請求の意思表示がないから、慰藉料請求権の相続がなく、これに反して被害者が即死しないで「残念、残念」と連呼したときは、その相続があるというような不均衡を生じることとなる。この点は、従来、学説上、非難されたところであり、多数意見もこのことを特に強く意識した結果、慰藉料請求権をもつて、「財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となるもの」としたのだと思われる。そして、終にその一身専属性を全く否定するに至つたのである。
(三) 多数意見が慰藉料請求権の本質を正解しないことは、右に述べたとおりである。しかも、多数意見に従うときは、結果的にも著しい不都合を生じるのである。この点よりしても、多数意見の失当なことは明らかである。私は、次にその二、三の例をあげてみたい。
 (1) 多数意見によれば、父親が貧困のため何等子に残すべき財産のない場合でも、父親が他人から侮辱され、時には暴行さえ加えられて精神上多くの苦痛を受けて死亡すると、父親がその生前右の精神上の苦痛につき慰藉料を請求する意思を表明しなくとも、その請求権を放棄したと解される特別の事情のないかぎり、父親の慰藉料請求権は当然に相続され、それだけ多くの相続財産が生じることとなる。相続財産の多寡の点よりいえば、父親が他人から多くの精神的苦痛を受けた上、死亡した方が望ましいこととなるのである。しかも、この慰藉料請求権は相手方の不法行為によつて生じたものに外ならないから、子としては、この慰藉料請求権を行使するに当つて、相手方から相殺をもつて対抗されることはない(民法五〇九条)。従つて、この慰藉料請求権はきわめて確実な相続財産ということになるわけである。
 (2) 多数意見によれば、事業経営に失敗し、他人より侮辱され軽蔑され精神上多大の苦痛を受けた上破産した者があるとき、破産者が慰藉料を請求する意思を表明しない場合でも、これを放棄したと解される特別の事情のないかぎり、破産者の有するこの請求権は当然に破産財団に属することとなる。従つて、破産者が破産前、多くの精神上の苦痛を受けていれば、それに応じて破産財団の財産は増加するわけである。しかも、管財人は善良なる管理者の注意を以てその職務を行うことを要し、その注意を怠るときは損害賠償の責に任ずるから(破産法一六四条)、もし管財人が破産者の有する慰藉料請求権の行使を怠つたときは、損害賠償の責を免れえないこととなるのである。
 (3) 既に指摘したように、多数意見に従えば、慰籍料請求権の譲渡性はこれを肯定することとなる。従つて、多数意見によれば、他人から精神上の苦痛を受けた者がその苦痛について損害賠償を請求する意思を表明しない場合でも、その請求権を放棄したものと解しうる特別の事情のないかぎり、その被害者に対して債権を有する者は、被害者が加害者に対して有する慰藉料請求権を差押え、これを取立てまたは転付せしめうる(民訴法六〇一条、六〇二条)こととなるのである。
 (4) 「慰藉料請求権が財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権である」ならば、債務者の有する慰藉料請求権をば、債権者は代位行使できることとなる。その債権者の債権者もまた代位行使できることとなる。けだし、代位権の代位行使も可能であるからである。
  叙上のような設例は、あるいは極端なものと思われるかも知れない。しかし、多数意見に従うならば、右のような結果は当然生じうるところである。従つて、多数意見に従うときは、今後慰藉料請求権に関して、きわめて奇矯な訴訟が起り、しかも裁判所としてはこれを認めざるを得ないこととなるのである。
(四) 慰藉料請求権の相続性と関連して考うべき問題が存在する。まず、(イ)慰籍料請求権と民法七一一条との関係をいかに解するかの点である。しかし、私の見解によれば、生命を害されて死亡した者の慰藉料は相続人によつて取得されないから、近親者は同条による固有の慰藉料請求権のみを有することとなる。従つて、この固有の慰藉料請求権と相続した慰藉料請求権の両者の併存を前提とする問題は生じ得ないこととなる。多数意見は二つの請求権の併存を認めるため、いたずらに両者間の法律関係を錯雑ならしめるに過ぎない。(なお民法七一一条は慰藉料を請求しうる者の範囲を限定したものでなく、同条所定の者に対し、損害発生の挙証責任を軽減したものと解される)。次に(ロ)多数意見によれば、死亡者の遺族は右の両請求権を有しうることとなり、一見遺族の保護に厚いとの観を呈するのである。しかし、慰藉料の額は裁判所が諸般の事情(訴訟において原告の受ける慰藉料の総額もこの事情の一つである)を斟酌して決すべきものである以上、多数意見によつても、遺族の取得しうる賠償額が当然に増加するとはいえない。徒つて、この点は必ずしも卑見に対する反対の理由となり得ない。(ハ)なお慰藉料請求権は、一身専属的権利であるが、その個人的・主観的色彩の減退のため、通常の金銭債権と同視しうべきものに転化する場合がある。一体、慰藉料の額は、おのおのの具体的場合に即して決することを要し、容易に決し難いところであるが、たとえば加害者が被害者の慰藉料の請求に対し、一定額の金員を支払うことを約したような場合、当該請求権は、通常の金銭債権と多く択ぶところなく、これに転化したものと認められる。ただし、この場合慰藉料請求権の個人的・主観的色彩褪せた結果、客観的には通常の金銭債権が存在するものと考えられるからである。債務名義によつて、加害者が被害者に対し慰藉料として一定額の金員の支払をなすべきものとされた場合も同様である。
(五) 今、叙上の見地に立つて本件を見るに、原審の認定したところによれば、被上告会社の自動車運転手であるAは、昭和三六年八月一六日被上告会社のためその所有の大型貨物自動車を運転して栃木県下都賀郡a町b番地先国道に差しかかつた際、右自動車をBの乗る自転車に衝突させ、よつて同人を死亡するに至らしめたところ、Bはその死亡まで慰藉料請求の意思を表示しなかつたというのである。しからば、上告人はBの相続人であるにせよ、Bの慰藉料請求権を相続により取得したものとは認め難く、従つてこれと同趣旨に出た原審の判断は正当であつて、本件上告は棄却を免れないのである。
 裁判官岩田誠は、裁判官松田二郎の右反対意見に同調する。
 裁判官色川幸太郎の反対意見は、次のとおりである。
一、ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得するものであることは多数意見の説くとおりであるが、私は、この権利は行使において一身専属的なものであると考えるのである。
  慰藉料は、いうまでもなく、精神的損害の賠償のために支払われるものであり、被害者の精神的、肉体的苦痛を、普遍的な価値である金銭をもつて、消除し軽減せしめようとするわけである。苦痛は必ずしも現在のものに限ることなく、将来苦痛を感ずるであろうことが合理的に期待されるときをも含むと考えるべきであるが、それにしても、現在又は将来において、苦痛を全く感受しないときには慰藉料請求権は発生しない。ところでなんらかの違法な法益侵害があつたときに、苦痛を感受するかどうか、感受するとしてもその程度如何は、人によつて著しい格差があるばかりでなく、同一人に対し同一態様の侵害が加えられても、時により環境に応じ、その苦痛は千変万化するものであつて、財産権の侵害の場合のように同一の加害が同一の損害を生ずるものとは全くその趣を異にする。一般人にとつては認容の限界を越えた許すべからざる人格権の侵害でも、ある人にとつては格別痛痒を感じない場合もなしとはしないし、その逆もまた考えられないわけではない。さらにまた、ある不法行為によつてある人が苦痛等を感じたとしても、これを請求することを憚る事情の存在することもまたあり得るのである。要するに精神上の損害は極めて個性的なものであつて、その賠償請求権の行使は当該本人の自由なる意思にかからしめることを相当とし、したがつて、権利者以外の第三者が代つて行使することは許されない性質を有するのである。慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は、多数意見の認めるごとく、一身専属であるが、それだけにとどまらず、慰藉料請求権は行使において一身専属であり、権利者が行使しない以上相続、差押等の目的にはならないと解するを相当とする。
  而して、一旦権利者によつて行使されるならば一身専属性は解消し、通常の金銭債権となるのであるが、請求権は義務者に対し一定の行為を請求することを内容とするものであるからして、その行使は、義務者に対する明確な意思表示によつてなされなければならない。死に臨んで被害者が残念だと絶叫してもそれを以て請求権の行使とすることはできないのである。
二、次に、死者につき、死亡したことそのものを原因とする慰藉料請求権の取得が認められるであろうか。多数意見はそれを自明のこととしているようである。しかし苦痛は生きておればこそ感受できるものであり、そしてまた人は死亡によつて権利主体たることをやめるわけである。死者が死亡を原因として慰藉料請求権を取得するとするためには、死亡による苦痛を死者自身がこれを感受し、死亡のその瞬間に、死者が慰藉料請求権を取得する、すなわち死前に死があり、死後にまた生がある、という奇異なる論理を肯定した上でなければなるまい。この間にいかなる巧妙な法律的操作を施しても、かかる非論理性は、所詮、救われないのである。民法七一〇条は、慰藉料請求権の被害法益として、身体、自由、名誉及び財産権を列挙している。これが限定的なものでないとしても、被害法益の尤たる生命侵害に全くふれるところがないのは、七一一条と対比した場合、極めて示唆的である。生命を侵害された死者自身が慰藉料請求権を取得するという法理は、結局、わが民法の認めないところではあるまいか。
三、さきに述べたごとく、生命侵害の場合でも、即死でなく、受傷後死亡までに若干の日時があり、その間に慰藉料請求権を行使したものであるならば、この権利は死亡によつて相続され、民法七一一条による相続人固有の慰藉料請求権と併存することになる。そうだとすると、即死したとき又は被害者本人が存命中に慰藉料請求権を行使しなかつたとき、即ち相続の対象となる慰藉料請求権が存しないときは、前記の併存の場合に比し、形の上では、一見甚だ不利益であつて権衡を失するかのごとくである。しかし二本だてが一本だてに比べてより有利だということには必ずしもならないのである。けだし、慰藉料の額は裁判所の自由なる心証によつて量定されるものであるが、それにしても、相続による慰藉料請求権取得の有無は、民法七一一条等に基づく当該相続人に固有な慰藉料請求権の額を算定する場合に当然参酌されるべき事情であつて、相続による慰藉料が多額であれば、相続人の苦痛はそれだけ軽減されるのであるから固有の慰藉料はこれに応じて低かるべきであり、反対に、即死の場合のように、被害者が肉親の看護を受けず、後事を託する余裕もなかつたようなときは、相続できる慰藉料請求権こそなけれ、遺族の苦痛は甚大であるが故に、固有の慰藉料請求権は自ら大とならざるを得ないからである。もつとも叙上の見解にたつと、遺族ではあるが、民法七一一条に列挙されたところに該当せず、そしてまた、内縁の妻その他これに準ずるような特別の間柄(これらの遺族は、民法七〇九条、七一〇条に基づく固有の慰藉料請求権を有すると考える。)にもない者にとつては、被害者である被相続人において慰藉料請求権を取得しない以上、加害者に対し慰藉料の請求をすることはできないわけである。しかし、これらの者は、当該被害者の死亡に因つて深刻な精神的打撃を受けないが故に、固有の慰藉料請求権を取得し得ない立場にあるのであるから、相続すべき慰藉料請求権が存在すれば格別、そうでない場合においても、単に相続人であるというだけで、利益を受ける結果となるのは妥当を欠くといわなければならない。したがつてかくのごとき遺族について慰藉料請求権を否定することは、加害者をして不当に義務を免かれしめることになるという非難には、到底同調できないのである。
四、慰藉料の種類を多く認めることが必ずしも、被害者側の救済を厚くする所以ではないことは上述のとおりであるが、私は、もともと不法行為による損害賠償請求事件、特にいわゆる人身事故の訴訟事件においては、主力を逸失利益の算定にそそぐべきであつて、安易に慰藉料によりかかるべきではない、と考えているものである。もとより私といえども、かかる訴訟において現在慰藉料の果している役割をしかく軽視するわけではない。逸失利益の算定には、幾多の困難があり、算定の基礎たるデータも多くは不確定、不安定なものであるから、結論たる裁判の具体的妥当性を追求するために、自由に量定し得る慰藉料を以て、判断過程の欠陥を補完する必要を生ずることは否めない事実であろう。しかし、裁判は本来、法律が規定している構成要件の存否を確定し、これに法規をあてはめて法律効果を定める法律的価値判断であるから、事後における客観的な検証に堪え、また特に事前において予測可能性のあることが要請されるものであり、合理的な思惟と共通普遍な理論を以てすれば裁判の結論が自ら流出する底のものであるのが望ましいのである。一言でいえば裁判は水ものであつてはならないのである。しかるに慰藉料の算定には未だ何らの規範もないのであつて、要するに被害者及び加害者をめぐるあらゆる事情に基づき公平なる観念に従つてきめるものだ、というにすぎない。しかもいかなる事情をいかなる程度に参酌してその量定をしたかということは判示することも困難であり、またその必要もないことになつている(大判昭和八年七月七日、民集一二巻一八〇五頁等参照)のであるから、ともすれば裁判官の主観に流れる傾向なしとはしないのである。将来、判例の集積によつて慰藉料が概ね定型化された場合ならばとにかく、少くとも現在の段階において慰藉料のいわば調整的機能に過度に傾斜することは戒心すべきであり、その意味から慰藉料の種類を複雑にすることには賛成し難いのである。
五、ところで本件について見ると、被上告人の雇人である自動車運転者訴外Aは被上告人のために貨物自動車を運行中、過失によつて訴外亡Bに右自動車を衝突せしめたこと、そのために重傷を負つた同人は一二日後に遂に死亡したのであるがその間前記傷害による慰藉料請求の意思を表示しなかつたものであること、以上は原審の認定するところであるから、Bの妹である上告人としては、民法七〇九条、七一〇条によつて独自に慰藉料の請求をする場合は格別、相続を理由としてはこれを請求し得ないと解すべきである。したがつて、これと同趣旨に出た原審の判断は正当であつて、本件上告は棄却すべきものと考える。
(裁判長裁判官 横田正俊 裁判官 入江俊郎 裁判官 奥野健一 裁判官 長部謹吾 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 柏原語六 裁判官 田中二郎 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 下村三郎 裁判官 色川幸太郎 裁判官 大隅健一郎)

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共同相続人間における相続回復請求

最高裁昭和53年12月20日大法廷判決(民集32巻9号1674頁)

共同相続人の1人によつて相続権を侵害された共同相続人のその侵害の排除を求める請求と民法884条の適用
共同相続人の1人によつて相続権を侵害された共同相続人のその侵害の排除を求める請求について民法884条の適用が排除される場合
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告代理人田中義明、同田中達也の上告理由について
 一 原審が適法に確定した本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。
 (1) 第一審判決添付の別紙目録(一)、(二)、(三)記載の各不動産は、もと訴外Dの所有であつたが、昭和二八年一二月一五日同訴外人の死亡に伴う遺産相続によつて、同訴外人の妻である訴外Eが三分の一、その長男訴外亡F(同訴外人は、昭和一九年に戦死した。)の子である上告人A1が六分の一、その二男訴外亡G(同訴外人は、昭和二一年七月一五日死亡した。)の子である訴外H及び被上告人Bが各一二分の一、その三男である上告人A2及びその四男である上告人A3が各六分の一の割合をもつて、これを共同相続した。
 (2) ところが、上告人A1は右目録(一)記載の不動産について、上告人A2は右目録(二)記載の不動産について、上告人A3は右目録(三)記載の不動産について、いずれも昭和二八年一二月一五日相続を原因として各単独名義の所有権移転登記を経由した。
 (3) 右各不動産を各上告人の単独所有とし、かつ、単独名義の所有権移転登記を経由するにつき被上告人の同意を得たことについては、立証がない。
 二 以上の事実関係のもとにおいて、上告人らが、上告人らの右単独名義の所有権移転登記が被上告人の共有持分権の侵害にあたるとしても相続権に基づいて相続財産の回復を求める請求は共同相続人相互の間においても相続回復請求権の行使にほかならないものであるところ、被上告人の本件各不動産に対する相続回復請求権は被上告人が上告人らの所有権移転登記のされた事実を知つた時から五年を経過したことにより時効によつて消滅したと主張したのに対し、原審は、共同相続人が遺産分割の前提として相続財産について他の共同相続人に対し共有関係の回復を求める請求は、相続回復請求ではなく、通常の共有権に基づく妨害排除請求であると解するのが相当であるとして、上告人らの主張を排斥し、被上告人の請求を認容した。
 三 思うに、民法八八四条の相続回復請求の制度は、いわゆる表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人に相続権を回復させようとするものである。そして、同条が相続回復請求権について消滅時効を定めたのは、表見相続人が外見上相続により相続財産を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てからこの事実状態を覆滅して真正相続人に権利を回復させることにより当事者又は第三者の権利義務関係に混乱を生じさせることのないよう相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させるという趣旨に出たものである。
 1 そこで、まず、右法条が共同相続人相互間における相続権の帰属に関する争いの場合についても適用されるべきかどうかについて、検討する。
 (一) 現行の民法八八四条は昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法のもとにおいて家督相続回復請求権の消滅時効を定めていた同法九六六条を遺産相続に準用した同法九九三条の規定を引き継いだものであると解されるところ、右九九三条は遺産相続人相互間における争いにも適用があるとの解釈のもとに運用されていたものと考えられ(大審院明治四四年(オ)第五六号同年七月一〇日判決・民録一七輯四六八頁、最高裁昭和三七年(オ)第一二五八号同三九年二月二七日第一小法廷判決・民集一八巻二号三八三頁の事案参照)、また、右法律改正の際に共同相続人相互間の争いについては民法八八四条の適用を除外する旨の規定が設けられなかつたという経緯があるばかりでなく、(二) 相続人が数人あるときは、各相続財産は相続開始の時からその共有に属する(民法八九六条、八九八条)ものとされ、かつ、その共有持分は各相続人の相続分に応ずる(民法八九九条)ものとされるから、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分についての他の共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害している場合は、右の本来の相続持分をこえる部分に関する限り、共同相続人でない者が相続人であると主張して共同相続人の相続財産を占有管理してこれを侵害している場合と理論上なんら異なるところがないと考えられる。さらに、(三) これを第三者との関係においてみるときは、当該部分の表見共同相続人と真正共同相続人との間のその部分についての相続権の帰属に関する争いを短期間のうちに収束する必要のあることは、共同相続人でない者と共同相続人との間に争いがある場合と比較して格別に径庭があるわけではない(たとえば、共同相続人相互間の争いの場合に民法八八四条の規定の適用がないものと解するときは、表見共同相続人からその侵害部分を譲り受けた第三者は相当の年月を経たのちにおいてもその部分の返還を余儀なくされ、また、相続債権者は共同相続人の範囲又はその相続分が相当の年月にわたり確定されない結果として債権の行使につき不都合を来すこと等が予想される。)。
 以上の諸点にかんがみると、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが、相当である。
 なるほど、民法九〇七条は、共同相続人は被相続人又は家庭裁判所が分割を禁じた場合を除くほか何時でもその協議で遺産の分割をすることができ、協議が調わないとき又は協議をすることができないときはその分割を家庭裁判所に請求することができる旨を定めている。しかしながら、(一) 右は、共同相続人の意思により民法の規定に従い各共同相続人の単独所有形態を形成確定することを原則として何時でも実施しうる旨を定めたものであるにとどまり、相続開始と同時に、かつ、遺産分割が実施されるまでの間は、可分債権(それは、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係には立たないものと解される。したがつて、この場合には、共同相続人のうちの一人又は数人が自己の債権となつた分以外の債権を行使することが侵害行為となることは、明白である。)を除くその他の各相続財産につき、各共同相続人がそれぞれその相続分に応じた持分を有することとなると同時に、その持分をこえる部分については権利を有しないものであり、共同相続人のうちの一人又は数人による持分をこえる部分の排他的占有管理がその侵害を構成するものであることを否定するものではないというべきである。(もつとも、遺産の分割前における共同相続人の各相続財産に対する権利関係が上述のように共有であるとする以上、共同相続人のうちの一人若しくは数人が相続財産の保存とみられる行為をし、又は他の共同相続人の明示若しくは黙示の委託に基づき、あるいは事務管理として、自己の持分をこえて相続財産を占有管理することが、ここにいう侵害にあたらないことはいうまでもない。)また、(二) 遺産の分割が行われるまで遺産の共有状態が保持存続されることが望ましいとしても、遺産の分割前に共同相続人のうちの一人又は数人による相続財産の侵害の結果として相続財産の共有状態が崩壊し、これを分割することが不能となる場合のあることは、共同相続人のうちの一人又は数人が侵害した相続財産を時効により取得し又は侵害した相続動産を第三者に譲渡した結果第三者がこれを即時取得した場合において最も明らかなように、事実として否定することのできないところである。民法九〇七条は、遺産の共有状態が崩壊したのちにおいてもその共有状態がなお存続するとの前提で遺産の分割をすべき旨をも定めていると解すべきではない。
 2 次に、共同相続人がその相続持分をこえる部分を占有管理している場合に、その者が常にいわゆる表見相続人にあたるものであるかどうかについて、検討する。
 思うに、自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人であると称し、相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は、本来、相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらないものと解するのが、相続の回復を目的とする制度の本旨に照らし、相当というべきである。そもそも、相続財産に関して争いがある場合であつても、相続に何ら関係のない者が相続にかかわりなく相続財産に属する財産を占有管理してこれを侵害する場合にあつては、当該財産がたまたま相続財産に属するというにとどまり、その本質は一般の財産の侵害の場合と異なるところはなく、相続財産回復という特別の制度を認めるべき理由は全く存在せず、法律上、一般の侵害財産の回復として取り扱われるべきものであつて、このような侵害者は表見相続人というにあたらないものといわなければならない。このように考えると、当該財産について、自己に相続権がないことを知りながら、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず、自ら相続人と称してこれを侵害している者は、自己の侵害行為を正当行為であるかのように糊塗するための口実として名を相続にかりているもの又はこれと同視されるべきものであるにすぎず、実質において一般の物権侵害者ないし不法行為者であつて、いわば相続回復請求制度の埓外にある者にほかならず、その当然の帰結として相続回復請求権の消滅時効の援用を認められるべき者にはあたらないというべきである。
 これを共同相続の場合についていえば、共同相続人のうちの一人若しくは数人が、他に共同相続人がいること、ひいて相続財産のうちその一人若しくは数人の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属するものであることを知りながらその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、又はその部分についてもその者に相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由(たとえば、戸籍上はその者が唯一の相続人であり、かつ、他人の戸籍に記載された共同相続人のいることが分明でないことなど)があるわけではないにもかかわらずその部分もまた自己の持分に属するものであると称し、これを占有管理している場合は、もともと相続回復請求制度の適用が予定されている場合にはあたらず、したがつて、その一人又は数人は右のように相続権を侵害されている他の共同相続人からの侵害の排除の請求に対し相続回復請求権の時効を援用してこれを拒むことができるものではないものといわなければならない。
 3 このようにみてくると、共同相続人のうちの一人又は数人が、相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について、当該部分の表見相続人として当該部分の真正共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると主張してこれを占有管理し、真正共同相続人の相続権を侵害している場合につき、民法八八四条の規定の適用をとくに否定すべき理由はないものと解するのが相当であるが、一般に各共同相続人は共同相続人の範囲を知つているのが通常であるから、共同相続人相互間における相続財産に関する争いが相続回復請求制度の対象となるのは、特殊な場合に限られることとなるものと考えられる。
 四 そこで、本件についてみると、前に判示した事実関係のもとにおいては、共同相続人の一部である上告人らは、相続財産に属する前記各不動産について、他に共同相続人として被上告人がいることを知りながらそれぞれ単独名義の相続による所有権移転登記をしたものであることが明らかであり、しかも、上告人らの本来の持分をこえる部分につき上告人らのみに相続による持分があるものと信ぜられるべき合理的な事由があることは、何ら主張立証がされていない。
 五 そうすると、被上告人から上告人らに対し右各不動産についてされた上告人らの単独名義の相続登記の抹消を求める請求は民法八八四条所定の消滅時効にかからないと解したうえ、右請求は、右各登記について現に登記名義を有している各上告人の持分の割合を一二分の一一、被上告人の持分の割合を一二分の一とする更正登記を求める限度で理由があるとしてこれを認容した原審の判断は、結論において相当として是認することができる。論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官高辻正己、同服部高顯、同環昌一、同藤崎萬里の各補足意見、裁判官大塚喜一郎、同吉田豊、同団藤重光、同栗本一夫、同本山亭、同戸田弘の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
 裁判官高辻正己、同服部高顯の補足意見は、次のとおりである。
 われわれは、多数意見とその見解を一にするものであるが、多数意見のうち「自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人であると称し、相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は、本来、相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらないもの」とする点については、従来一般に説かれているところと多少異なるところがあるかとも思われるので、その理由を補足するのが妥当であると考える。そこで、この点をわれわれの理解するところに従つて述べると、次のとおりである。
 われわれは、相続回復請求制度の本旨、特にこの制度が一般の財産権の侵害の回復に関する制度とは別に設けられている法意に思いをいたすときは、相続回復請求制度は、相続財産の相続人であると称してこれを占有管理して侵害しており、しかもその者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由の存在する結果としてあたかもその相続人であるかのような外観を呈している者と、当該相続財産の真正相続人との間に、当該相続財産についての相続権の帰属について争いがある場合に、その運用をみるべきものと解するのが相当であると考える。このような理解を前提として検討すると、
 一 相続財産につき自己に相続権がないことを知りながらあえてこれを占有管理して侵害している者は、当該相続財産についての相続権が自己以外の者、すなわち結局のところその真正相続人に属することを承認しているものにほかならないというべきであるから、たとえこのような侵害者が相続人であると自称している場合であつても、自己に相続権がないことを知つていることがひとたび明らかにされた以上は、もはや当該相続財産についての相続権の帰属について真に争いがあるとはいえないこととなる筋合いである。したがつて、このような侵害者は、相続回復請求制度の適用を主張しうる資格者とはいえないものと解するのを相当と考える。
 二 もつとも、右一に述べたような侵害者が、不正虚構の手段等を用いて当該相続財産につきその者に相続権があると信ぜられるべき外観を作り出し、又は不正虚構の手段等を用いて作り出された、その者に相続権があると信ぜられるべき外観を利用し、相続人であると称して当該相続財産を占有管理している場合については、更に検討を加える必要がある。けだし、そのような場合にあつては、侵害者本人の主観的意図及び当該外観の基本となる事実関係が不正虚構の手段等によつて作り出されたものであることはともかくとして、少なくとも対外的・対社会的には客観的な外観が存在しているからである。しかしながら、このような場合は、事が相続に関する点を除外して考えれば、一般の無権利者が不正虚構の手段等を用いて権利者であるかのような外観を作り出し又は不正虚構の手段等を用いて作り出された外観を利用して行動する場合と格別に異なるところはない。問題は、このような場合について、外観の存在と静的安全のいずれを重視するのが妥当かにある。われわれは、法の理念とするところにかんがみ、かつ、一般の無権利者がいかに権利者であるかのような外観を呈していても、その外観が不正虚構の手段等によつて作り出されたものであるときは、静的安全が重視されるものとされている場合との権衡上、相続に伴う法律関係の早期安定の要請の存在にもかかわらず、自己に相続権のないことを知りながら相続財産を占有管理して侵害している者は、たとえ相続人らしい外観を呈している場合であつても、これを一般の財産権の悪意の侵害者の場合と別異に取り扱うべきではなく、したがつて、相続回復請求制度が対象として考えている者にはあたらないとすべきであると考えるのである。
 三 また、相続財産につきその者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず自らその相続人と称している者は、相続回復請求制度の運用に関し、実質上、相続人でないことを知りながら相続財産を侵害している者と同視して差しつかえかない場合か少なくないであろう。のみならず、一般に、そのような者は、自らは相続人であると信じ、かつ、相続人と自称している場合であつても、それは単にその者の主観ないし独断であるにとどまり、客観的には、そもそも「その者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由」があるわけではないのであるから、このような合理的事由に基づく外観、換言すれば、対外的・社会的に相続人らしい外観を呈している者とはいえないものである。したがつて、われわれは、このような者を相続回復請求制度が対象として考えている者からはずれる者とみることは法の趣意に反するものではないと考えるのである。
 裁判官環昌一の補足意見は次のとおりである。
 私は、多数意見と、その判示するすべての点において見解を同じくするものであるが、大塚裁判官ほか五裁判官の意見(以下少数意見という。)に関連して若干卑見をのべておきたい。
 一 少数意見は、その冒頭で、相続回復請求権の本質を、真正相続人が自己の相続人の地位(相続資格)を主張して表見相続人に対して侵害の排除を求める権利であるとし、民法八八四条の定める消滅時効の制度は、当事者又は第三者の権利義務の関係の混乱を防ぐため、相続権を真正相続人と表見相続人のいずれか一方に早期にかつ終局的に帰属させることによつて相続人の地位に関する争いを短期間のうちに収束することを目的としたものであるとの趣旨を説かれる。この見解に対しては、その限りにおいて、かつ、表見相続人の意義・範囲の点を除いては、私もあえて異論を唱えるものではないが、相続回復請求の制度に関する規定としては、例えばドイツ連邦共和国の民法が一四ケ条にわたり詳細に規定しているのとは異なり、わが国では右民法八八四条一ケ条が存するのみであるから、制度の本旨を理解し右規定を解釈・運用しようとすれば多くの疑点に直面せざるをえないのであり、その解明にあたつては法の一般理念に矛盾することなく合理的にして妥当な結果に到達することを旨としなければならないと考えられる。
 ところで、昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法(以下旧法という。)のもとでは、家ないし戸主の制度が定められ、財産の相続とは直接関係のない戸主の地位に伴う権利(いわゆる家族に対する居所指定権、家族の婚姻等についての同意権など)の相続が重要な意義をもつていたが、この制度が廃止された今日では相続人としての「地位」の実質は、もつぱら被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するという財産権に関する資格にほかならないというべきであり、また、二人以上の相続人による共同相続の結果として生ずる相続財産の共有の法的性質は、その分割手続や分割の態様などの点を除いては持分主義に立つ一般の共有関係と異なるものとは解せられないから、前述の相続人の地位ないし相続資格の観点からすれば、共同相続人は、それぞれ自己の相続分に応じて有する正当な相続持分については右にいう地位を有するが、右の持分をこえる部分についてはこのような地位を有しないものといわなければならない。そして共同相続人相互間において相続権の帰属をめぐつて紛争を生ずるのは後者の場合であり、それもまた相続人の地位の争いとするに妨げないから、このような紛争にも相続回復請求の制度の働く余地があると解するのが相当である(この見地から以下にいう「表見相続人」にはそれが共同相続人の一人である場合もそうでない場合もともに含むものとする。)。
 二 すでにのべたように相続回復請求の制度は当事者及び第三者の権利義務の関係の混乱を防ぐため早期かつ終局的に相続権の帰属者を確定することをねらいとするものであり、表見相続人の勝訴が確定すると結果的には本来真正な相続人たる地位を有しない表見相続人に相続権が帰属するという効果を生ずることとなると解せられるから、前述した法の一般理念のうちでも関係者の間の利害の衡量が別して重要であると考えられるので、以下この観点を中心に検討する。少数意見も第三者の利益の保護の問題については利益衡量の必要なことに言及されるが、私の理解するところによると多数意見は、一方に真正相続人が相続権を回復して相続財産を取りもどすことのできる利益を、他方に表見相続人自身及び第三者の立場において事実状態が法秩序としてみとめられることにより享受する利益を置き、この両者についての比較衡量がされなければならないことを基底として、このような衡量の結果真正相続人の利益が必ずしも常に表見相続人や第三者のそれに優越するものとはいえないとの立場をとるものと考えられる。私は、家や戸主の制度ひいては真正な地位に在る者による家督相続を極めて重要視していた旧法のもとで、その九六六条が真正な家督相続人の地位さえも一定の安定した事実状態の前にはその席を譲らなければならない場合のあることを定めていた事実を想起するだけでも、右の多数意見の見解を納得することができると思う。たしかに戸主権の相続ということがなくなつた今日、旧法下の制度と同一の内容の規定を存置した現行制度のもとで真正相続人のこれによつて受ける実益が少ないことはみとめないわけにはいかないが、旧法のもとでも前記九六六条が財産権の共同相続であつた遺産相続に準用されていたことにかんがみ、また、現行制度においても回復請求権を行使する者としては、返還を求める財産の取得原因について、それが被相続人の占有に属したものであり自己が真正な相続資格を有することを主張立証すれば足りるという訴訟上の利益を享受するものと解されることなどに徴すると、実益が全くないとするのも相当でない。更にまた、共同相続人にとつて、公平円満な遺産の分割が行なわれること、ひいてはこのような分割が行なわれるまで相続財産共有の状態が保持されることが利益であるとしても、このような利益は真正相続人の利益として前述のように改めて表見相続人及び第三者の利益との比較衡量に服すべきものであり、このような衡量を不必要とするほど優越する利益であるとはみられない。もし共同相続人の右利益を重視する立場から共同相続人相互間には民法八八四条の働く余地がないとすると、同じく表見的に相続権を主張する者でありながら、共同相続人の一人(それは被相続人と身分上の関係を有するから第三者からも真正な相続人とみられ易いといえよう。)の方が、このような身分関係にないのに同条の時効援用権をもつ無縁故者よりも不利益を受ける結果となるが、このような結果は、真正な相続権擁護の立場と矛盾するとまではいえないにしても少なくとも調和するものとはいい難いと思う。
 三 そこで右にのべた二つの利益の実質に基づいて少しく考察してみると、家や戸主の制度の廃止の事実からもみとめられるように本来相続制度をどのように定めるかは各時代における社会的確信に応じて異なることのあるべき立法政策に属する問題であるから、この見地からしても相続権擁護の要請を過大視し、その反面として第三者等の利益に常に優越するものとすることは妥当でないが、相続制度が長い歴史的事実を背景としており、今日においては財産の私有を保障する法制度の系譜のもとにあることを思えば、これを不当に軽視することの許されないこともまた論をまたない。結局具体的な場合において諸般の事情を考慮して判断するほかはないと考えられるが、多数意見はその判断の基準として、侵害者が、自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人と称している場合を相続回復請求制度の妥当する範囲外にあるとする。このことを上述の利益衡量の観点から考えてみると、自ら相続人と称し現に相続財産を占有管理している者であつても、それがもつともであると思わせるような社会的外観を具えているとみとめられない者は論外として、たとえこのような外観を具えている者であつても、自己が真正な相続人でないことを知つているとみとめられる者は、結局名を相続に借り故意に虚偽の事実を主張して自己の非をおおわんとするものであるから、このような者の利益までを法的に擁護すべきものとすることは利益衡量上明らかに妥当でなく、また、右のような知情の事実が証拠上みとめられない場合であつても、自ら相続人であると称するについて合理性を欠く事情がみとめられるような者の利益は右と同様に解すべきものと考えられ、結局法はこのような侵害者を初めからその名宛人としていないものというべきである。もつともこのように解すると第三者の利益を害する(場合によつては不測の損害を与える)ことがありうるが、無権利者や無権限者と取引関係に立つ第三者の場合など社会的外観についての第三者の信頼の保護に関連する他の諸規定の趣旨との間に格別調和を欠くような不合理な解釈であるとは思われない。
 四 なお、すでにのべたように相続回復請求の制度は真正相続人と表見相続人のいずれか一方に相続権を帰属させることによつて争いを早期に収束させることを期するものと解すべきであるから、回復請求権が時効によつて消滅したとされた後も、相続財産上の権利が依然として請求権者に属し、表見相続人は無権利者として事実上これを占有管理するにすぎないものと解することは、右にのべた制度本来の趣旨に沿うものとはいい難い。したがつて相続回復請求権が時効によつて消滅したことの反面として、表見相続人の事実上の占有管理が法的なそれとしてみとめられる結果となるものと解せられる。すなわち一つの事実状態の存在と一定の年月の経過の効果として、真正相続人の請求権(実質的には相続財産上の権利)が時効によつて消滅し、いわばこれと連動して表見相続人が相続権を取得したのと同じ結果となるのであつて、この消滅時効は一般の債権等の消滅時効のように相手方たる債務者に債務を免れさせるに止まるのとは趣を異にする。このように考えると右のような消滅時効を定めたことは、その実質・効果において表見相続人に相続権ないし相続財産上の権利の短期取得時効をみとめたのと、さしたる差異がないということができる。右の消滅時効が一般の原則に反して物権の時効による消滅をみとめた異例のものであることも相続回復請求の制度の上述のような特別の性格に即応するものとして理解することができるし、多数意見のとる解釈が消滅時効の規定の適用にあたつて援用権者の主観的事情を考慮するのと結果的には同じであつて時効に関する一般原則を無視するものと批判されることも考えられるが、前記のような民法八八四条に定める消滅時効の特別の効果に対応する合理的解釈として許されてよいものと考える。
 裁判官藤崎萬里の補足意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見の理由及び結論に同調し、また、環裁判官の補足意見四の部分にとくに賛同するものであるが、それに関連して若干の意見をのべておきたい。
 多数意見が相続回復請求制度の対象とされる者を限定する結果として、民法八八四条所定の消滅時効の援用資格も限定されることとなるのであるが、右消滅時効の規定があるために相続回復請求制度がその時効を援用する者にとつてきわめて実益の多い制度であることにかんがみれば、援用者に存する事情(それが主観的事情であつても)によつてその援用資格を限定することに十分の理由があり、そして、援用者において自己が援用資格者であることを主張立証しない限りその者が右時効による保護を与えられないと解すれば、結果として、援用者の主観的事情によつて援用資格を限定することになるとしても、それほど不安定な限定基準を定めたことにはならないと考えるのである。
 裁判官大塚喜一郎、同吉田豊、同団藤重光、同栗本一夫、同本山亨、同戸田弘の意見は、次のとおりである。
 一 相続回復請求権は、相続人でないのにかかわらず相続人であるように見られる地位に在る者(以下、「表見相続人」という。)が、自己の相続人としての地位を主張して真正相続人の地位(相続資格)を争い、その相続人の地位を侵害している場合において、真正相続人が自己の相続人の地位を主張して表見相続人に対して侵害の排除を求める権利である。民法八八四条が相続回復請求権について消滅時効の規定を設けたのは、表見相続人が外見上いつたん相続により相続人としての地位を取得したような事実状態が生じたのち相当年月を経てから右事実状態を覆滅して真正相続人にその地位を回復させることによつて惹起される当事者又は第三者の権利義務関係の混乱を防ぐという要請に出たものであり、真正相続人と表見相続人のいずれか一方に早期にかつ終局的に相続人の地位を確定させて、両者の間の相続人の地位に関する争いを短期間のうちに収束することを目的としたものである。
 そこで問題は、共同相続人相互間における持分権侵害の排除を求める請求に同条を適用することが相当かどうかである。多数意見は、これを積極に解したうえでその適用がある場合をなるべく限定しようとするのであるが、われわれは、はじめからその適用がないものと解するのである。
 二 思うに、相続回復請求の制度は、もともと昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法(旧法)の規定、さかのぼつてはボワソナード草案に基づく旧民法の規定に由来するものであつて、その制度の沿革・本質に徴すると、本来真正相続人が表見相続人から相続人の地位を回復することを目的とするものである。すなわち、旧民法証拠篇一五五五条が「遺産請求ノ訴権」を「相続人又ハ包括権原ノ受贈者若クハ受遺者ノ権原ニテ占有スル者」に対する権利として規定し、かつ、同規定について個々の相続財産の買主、特別受遺者その他特定権原に基づきその占有を取得した者は右訴権の対象とはならないとの解釈がおこなわれていたことに徴すれば、旧民法は相続回復請求権を相続人の地位を包括的に回復することを目的とする権利として定めていたことが明らかである。家督相続回復請求権について定めた旧法九六六条は、右旧民法の規定の趣旨を引き継いだものであるから、真正家督相続人が表見家督相続人から家督相続人の地位を回復すべき場合について規定したものである。そして、遺産相続回復請求権について定めた旧法九九三条は、右九六六条を単に準用したものであるから、真正遺産相続人が表見遺産相続人(遺産相続人でないのにかかわらず遺産相続人であるように見られる地位に在る者)から遺産相続人の地位を回復すべき場合について規定したものであつて、遺産相続人相互間の関係について規定したものではないと解すべきである。けだし、遺産相続人はすべて真正な相続人の地位を有する者であり、遺産相続人相互間で相続権侵害が生じても、相続人の地位の回復ということは考えられないからである(旧法下の遺産相続回復請求権についての判例のうちに、多数意見の引用する遺産相続人相互間の相続権に関する争いの事案に関するものがある。右判例は、遺産相続人相互間の右争いに同法九九三条が適用されるかどうかについてなんら言及していないが、かりに右争いに同規定が適用されるとの判断を前提としてその事件の結論を導いたとすれば、右前提たる判断はこれを改めるべきものと考える。)。現行民法八八四条は旧法九九三条をそのまま引き継いだものであるから、真正共同相続人が表見共同相続人(相続人の地位を有しないのにかかわらず共同相続人であるように見られる地位に在る者)から相続人の地位を回復すべき場合について規定したものであつて、共同相続人相互間の関係について規定したものではないと解すべきであり、そう解するのが、相続人の包括的な地位の回復を目的とする相続回復請求権の制度の趣旨にそうゆえんである。
 なるほど、相続人の地位の回復のため裁判で相続財産全体について抽象的・包括的に相続権の確定・帰属を求めてみても、個々の相続財産については裁判の効力が及ばず、かつ、現在では戸主の制度もないから、右のような包括的請求(地位の回復請求)をする実益がなく、訴訟上は相続財産を構成する個々の不動産、動産等について相続権の侵害排除、回復を求めるという方法によるほかないのであるが、この請求も相続人の地位の回復を目的としたものであることに変りはない。ところが、共同相続人はすべて真正な相続人の地位を有する者であるから、これらの者の間に相続人の地位の回復ということは考えられない。相続人の地位と相続権とは別個の観念であつて、共同相続人は自己の相続分をこえる部分については相続権を有しないだけであり、そのため相続人の地位がないものということはできない。したがつて、共同相続人の一人が他の共同相続人の相続持分権を侵害した場合でも、相続人の地位の回復ということが本来考えられないこれらの者の間においては、持分権の侵害排除、回復を求めるために相続回復請求権によることはできないのであつて、この請求に民法八八四条を適用することは、相続回復請求制度の沿革・本質にそぐわないものである。
 三 さらに、右のような相続権の侵害排除、回復を求める個別的請求は、相続回復請求という特別の請求であるといつてみても、その実質は、相続財産を構成する個々の不動産、動産等の所有権(共有持分権)その他に基づく妨害排除請求(物権的請求)であることを否定することはできない。したがつて、右のような請求に民法八八四条を適用するとすれば、実質上、本来消滅時効にかかることのない物権的請求権を時効で消滅させる結果を招くこととなる。
 また、かりに右のような侵害排除、回復を求める請求をとくに相続回復請求として取り扱う実益があるとすれば、それは相手方がその請求について同条所定の短期消滅時効を援用してこれを防ぐことができる点のみに存するのであり、侵害排除、回復を求める者にとつて実益は考えられない。
 以上のように、相続権に対する侵害排除、回復を求める請求に同条を適用すると、本来消滅時効にかかることのない物権的請求権を実質的に時効で消滅させる結果となり、かつ、もつぱら請求の相手方にのみ利益をもたらす結果となることを考えれば、同条は、もともと、前記相続関係早期安定の要請にそのまま従つて弊害を生じない場合に限つて適用される規定というべきである。表見相続人が真正相続人の相続権を侵害した場合は、共同相続人相互間におけるような公平円満な遺産分割を考慮する必要はなく、相続財産を、真正相続人に帰属させるか、あるいは表見相続人のもとに形成された事実状態(相続の外観)を尊重して表見相続人に帰属させるかだけを決めれば足りるから、相続関係早期安定の要請をそのまま容れても他に弊害を生じないのであつて、ここに同条の存在意義を見出すことができるのである。ところが、共同相続人相互間においては、後記の共同相続制度の趣旨に従つてまず相続財産の公平円満な分配を実現しなければならないのであるから、右のような相続関係早期安定の要請をそのまま容れるべきでなく、同条を適用することは相当ではない。
 四 そもそも共同相続制度は、真正な相続人の地位を有するすべての相続人に何時でも相続分に応じた相続財産の分配をうける権利を保障するものであり、その権利を実現する手段として遺産分割の方法が設けられているのである。被相続人の死亡と同時に開始された相続財産の共有状態は遺産分割によつて解消し、個々の相続財産が各相続人に帰属することとなるのであるが、共同相続制度の趣旨に照らすと、遺産分割は、相続財産の帰属主体を早期に確定することよりも、相続財産を公平円満に分割することを目的とするものといいうるのである。また、相続財産の共有関係は、相続開始の時に数人の相続人が被相続人との間に一定の身分関係を有していたという理由で、法律上当然に生じるものであるが、民法は、遺産分割前は、ある相続人が被相続人とともに生活していたとか、被相続人の事業を承継したとか、あるいは相続財産を事実上独占支配していたとかいつた事実によつて、その相続人の法律により与えられた相続持分権が変動し、他の相続人の犠牲において右持分権が拡張することを認めていない。これらの事実は、遺産分割にあたつてはじめて考慮されるべきものであり(民法九〇六条参照)、それまでは、公平円満な遺産分割の目的を達成するために、それに必要な相続財産共有の状態が維持されなければならない。そのため、共同相続人の一人による相続財産に対する事実上の独占支配によつて他の共同相続人の持分権が侵害されたときは、他の共同相続人は、共有持分権侵害として物権的請求権たる妨害排除請求権を行使して、何時でもその侵害排除を求め、共有関係を回復することができるものとしなければならない。他の共同相続人の持分権を侵害して相続財産を占有支配する共同相続人に、民法八八四条を適用して結果的にその財産の取得を認め、相続財産共有の状態を早急に解消させることは、他の共同相続人の犠牲において専横な共同相続人を保護する結果を招きやすく、共同相続制度の趣旨に反するものである。共同相続制度のもとにおいて当然達成されなければならない公平円満な遺産分割という目的が、同じ相続に関する制度である民法八八四条所定の消滅時効によつて実現を妨げられることは、法の予定しないところであり、共同相続人相互間の争いには同規定は適用されないと解するのが相当である。このようにして相続財産共有の状態を維持することが、相続財産の公平円満な分割に資し、ひいて被相続人を同じくする共同相続人相互間における円満な関係を維持するのに有用であると考えられるのである。民法九〇七条が共同相続人は何時でも遺産分割を求めることができるものとしているのも、右のような趣旨に出るものというべきである。
 五 ところで、多数意見のいうように、共同相続人の一人による他の共同相続人の持分権に対する侵害が生じた場合に、その侵害排除を求める請求について民法八八四条を適用する余地があるとすれば、持分権を侵害された共同相続人は、将来の遺産分割に備えて、同条による時効を中断するために、かつ、その目的のためにのみ、持分権を侵害した共同相続人を相手方として、侵害排除を求める訴を提起する必要があり、この手続をとらない限り遺産分割に加われない危険を負わなければならない(もつとも、遺産分割の調停又は審判の申立によつても時効は中断すると解されるが、右の申立が却下されると、時効中断はその効力を失い、申立人がさらに既判力をともなう裁判によつて相続資格の有無等の確定を求めるため右のような訴を提起しなければならず、その時にはすでに時効が完成し、結局遺産分割に加われなくなるおそれがある。)。このようなことは、結局、公平円満な遺産分割を目的とする共同相続制度の趣旨にそわないものというべきである。
 六 もつとも、共同相続人の一人が相続財産につき単独所有者として自主占有を継続し、その財産の単独所有権を時効取得することにより、相続財産共有関係が解消することがありうることは認めなければならない(最高裁判所昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁参照)。多数意見は、このことをもつて民法八八四条を共同相続人相互間の争いに適用して相続財産共有関係解消の結果を招くことを肯認する理由とするのである。しかし、もともと取得時効は法定の諸要件を充たすことによりはじめて成立するものであるから、取得時効による相続財産共有関係の解消は、単なる一定期間の権利不行使によつて成立する消滅時効によるそれとは、同一に論じることはできない。また、取得時効による相続財産共有関係の解消は、相続財産が通常の共有物の性質をもち、かつ、通常の共有物について共有者の一人が取得時効により単独所有権を取得することが認められることから生じる事態にすぎない。右の取得時効その他共有物一般に共通の原因によつて共有関係が解消し、その結果相続関係が早期に確定される場合があるからといつて、民法八八四条を共同相続人相互間の争いについて適用する根拠とすることはできないのである。
 七 また、多数意見は、自ら相続人でないことを知りながら相続人と称し、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由がないのに自ら相続人と称して、真正相続人の相続権を侵害している者は、相続回復請求制度の適用が予定される者(多数意見のいわゆる表見相続人)にはあたらないとしたうえ、共同相続人相互間における相続持分権侵害についても右の理をあてはめて、共同相続人が、その本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属することを知りながらその部分も自己の持分に属すると称し、又はその部分についてもその者に相続による持分権があると信ぜられるべき合理的な事由がないのにその部分も自己の持分に属すると称して、他の共同相続人の持分権を侵害している場合は、相続回復請求制度の適用がなく、この場合の持分権の侵害排除、回復の請求に対し被請求者たる共同相続人が相続回復請求権の消滅時効を援用してこれを拒むことはできない、というのである。そして、多数意見は、共同相続人相互間では共同相続人の範囲を知つているのが通常であるから、右制度の適用をみるのは特殊な場合に限られていると主張するのである。前記のように、相続回復請求の制度は、その消滅時効を援用する者にとつてのみ実益のあるものであり、多数意見が共同相続人相互間における争いに右制度の適用される場合をできる限り限定しようとするのも、ひつきよう、右消滅時効の援用資格を狭く解することによつて、民法八八四条が適用される場合に生じる弊害を避けようとするものであろう。
 しかし、一般的な法理論からすれば、権利の侵害排除、回復の請求は、善意・無過失の侵害者又はその者に権利があると信ぜられるべき合理的な事由がある侵害者に対してもすることができるのであり、まして、悪意・有過失の侵害者又は右のような合理的な事由のない侵害者に対してはなおさらというべきである。しかるに、多数意見が相続回復請求の場合には相続権侵害につき悪意の者又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由のない者に対してその行使を否定するのは、多数意見のいう相続の回復を目的とする制度の本旨に照らしても、理論的根拠を欠くものといわなければならない。のみならず、一般に請求権の消滅時効については、被請求者は、その者が善意・無過失であるかどうか故意・過失があるかどうかといつた主観的事情又はその者に権利があると信ぜられるべき合理的な事由があるかどうかといつた事情を問わず、請求者の一定期間の請求権不行使の事実状態を理由に消滅時効を援用することができるというのが、民法が規定する消滅時効に関する原理であつて、被請求者が多数意見のいう物権侵害者ないし不法行為者にあたる者であるとしても、時効の援用を妨げられることはないはずである。しかるに、多数意見の見解に従えば、相続回復請求権に関してのみ、被請求者に存する右のような事情によつて消滅時効の援用資格の有無を区別する結果になるのであつて、民法の消滅時効制度の原則をそこなうものといわなければならない。さらに、共同相続人が他に相続持分権を有する共同相続人がいることを知らずに相続財産を独占支配しているという場合は、かなりひろく考えられる。たとえば、共同相続人の一人が、ほかに、他人の戸籍に実子として届け出られた共同相続人、被相続人に認知された共同相続人、被相続人の死後親子関係が確定された共同相続人、相続開始時に胎児であつた共同相続人、被相続人の死後被相続人との協議離婚又は協議離縁が取り消された共同相続人、被相続人の死後廃除が取り消された共同相続人等のいることを知らずに相続財産を独占している場合、また、共同相続人の一人が、他の共同相続人の無効の相続放棄の申述、無効の持分権譲渡の意思表示等につきその無効原因のあることを知らずに相続財産を独占している場合などは、いずれも他に相続持分権を有する共同相続人のいることを知らなかつたものといいうるのであるから、多数意見のいうように共同相続人相互間における相続財産に関する争いが相続回復請求制度の対象となるのは特殊な場合に限られるものではない。そして、これらのうち、たとえば他人の戸籍に実子として届け出られた者などは、自己がまつたく関知しない事由によつて共同相続人であることが他の共同相続人に知られなかつた者であつて、このような者が民法八八四条所定の期間が経過したという理由で共同相続から排除されることは妥当を欠くものというべきである。
 八 さらに、多数意見は、共同相続人相互間の争いが第三者の取引の安全にかかわりをもつ場合を考慮し、第三者保護の見地からも、右の争いに民法八八四条が適用されるべきことを主張するのである。
 しかし、右のような第三者保護の問題は、右の争いにおいて相続持分権を侵害された共同相続人の利益と第三者のそれとを比較衡量して解決されるべきであり、共同相続制度の趣旨に徴するときは、第三者の利益を共同相続人のそれより優先させるのは相当でなく、したがつて、第三者保護をもつて民法八八四条を適用すべき理由としてはならない。しかも、第三者は取得時効、即時取得の制度によつて保護されることがあるのであるから、われわれの見解によつても、第三者の利益が全くそこなわれるわけではないのである。
 のみならず、多数意見によると、結局、他の共同相続人の持分権を侵害した共同相続人が自己の持分をこえた部分について相続権を有しないことを知つているかどうか、又はその者に相続による持分権があると信ぜられるべき合理的な事由があるかどうかという共同相続人に存する事情によつて第三者が保護されるかどうかが決せられるのであり、したがつて、多数意見のいうところは、真の第三者保護にはならないのである。
 九 要するに、共同相続人相互間における相続持分権の侵害排除、回復を求める請求に民法八八四条は適用されないというべきであり、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨はこれを排斥すべきものと考える。
    最高裁判所大法廷
        裁判長裁判官  岡原昌男
           裁判官  江里口清雄
           裁判官  大塚喜一郎
           裁判官  高辻正己
           裁判官  吉田 豊
           裁判官  団藤重光
           裁判官  本林 譲
           裁判官  服部高顯
           裁判官  環 昌一
           裁判官  栗本一夫
           裁判官  藤崎萬里
           裁判官  本山 亨
           裁判官  戸田 弘
 裁判官天野武一、同岸上康夫は、退官のため署名押印することができない。
        裁判長裁判官  岡原昌男

遺産確認の訴えの適否

最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決(民集40巻2号389頁)

遺産確認の訴えの適法性
       主   文
 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人らの負担とする。
       理   由
 上告人初鹿野千枝子代理人市木重夫の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
 なお、原審は、第一審判決添付の物件目録(一)ないし(七)、(一〇)及び(一一)記載の各不動産(但し、(一〇)については共有持分二分の一。以下同じ。)が昭和三五年一月二〇日に死亡した訴外初鹿野信忠の遺産であり、被上告人ら及び上告人らがその共同相続人(代襲相続人及び共同相続人の各相続人を含む。以下同じ。)であるとの事実を確定したうえ、遺産分割の前提問題として、右不動産が右信忠の遺産であることの確認を求める被上告人らの請求を認容すべきものとしているところ、このような確認の訴え(以下「遺産確認の訴え」という。)の適否につき、以下職権をもつて検討することとする。
 本件のように、共同相続人間において、共同相続人の範囲及び各法定相続分の割合については実質的な争いがなく、ある財産が被相続人の遺産に属するか否かについて争いのある場合、当該財産が被相続人の遺産に属することの確定を求めて当該財産につき自己の法定相続分に応じた共有持分を有することの確認を求める訴えを提起することは、もとより許されるものであり、通常はこれによつて原告の目的は達しうるところであるが、右訴えにおける原告勝訴の確定判決は、原告が当該財産につき右共有持分を有することを既判力をもつて確定するにとどまり、その取得原因が被相続人からの相続であることまで確定するものでないことはいうまでもなく、右確定判決に従つて当該財産を遺産分割の対象としてされた遺産分割の審判が確定しても、審判における遺産帰属性の判断は既判力を有しない結果(最高裁昭和三九年(ク)第一一四号同四一年三月二日大法廷決定・民集二〇巻三号三六〇頁参照)、のちの民事訴訟における裁判により当該財産の遺産帰属性が否定され、ひいては右審判も効力を失うこととなる余地があり、それでは、遺産分割の前提問題として遺産に属するか否かの争いに決着をつけようとした原告の意図に必ずしもそぐわないこととなる一方、争いのある財産の遺産帰属性さえ確定されれば、遺産分割の手続が進められ、当該財産についても改めてその帰属が決められることになるのであるから、当該財産について各共同相続人が有する共有持分の割合を確定することは、さほど意味があるものとは考えられないところである。これに対し、遺産確認の訴えは、右のような共有持分の割合は問題にせず、端的に、当該財産が現に被相続人の遺産に属すること、換言すれば、当該財産が現に共同相続人による遺産分割前の共有関係にあることの確認を求める訴えであつて、その原告勝訴の確定判決は、当該財産が遺産分割の対象たる財産であることを既判力をもつて確定し、したがつて、これに続く遺産分割審判の手続において及びその審判の確定後に当該財産の遺産帰属性を争うことを許さず、もつて、原告の前記意思によりかなつた紛争の解決を図ることができるところであるから、かかる訴えは適法というべきである。もとより、共同相続人が分割前の遺産を共同所有する法律関係は、基本的には民法二四九条以下に規定する共有と性質を異にするものではないが(最高裁昭和二八年(オ)第一六三号同三〇年五月三一日第三小法廷判決・民集九巻六号七九三頁参照)、共同所有の関係を解消するためにとるべき裁判手続は、前者では遺産分割審判であり、後者では共有物分割訴訟であつて(最高裁昭和四七年(オ)第一二一号同五〇年一一月七日第二小法廷判決・民集二九巻一〇号一五二五頁参照)、それによる所有権取得の効力も相違するというように制度上の差異があることは否定しえず、その差異から生じる必要性のために遺産確認の訴えを認めることは、分割前の遺産の共有が民法二四九条以下に規定する共有と基本的に共同所有の性質を同じくすることと矛盾するものではない。
 したがつて、被上告人らの前記請求に係る訴えが適法であることを前提として、右請求の当否について判断した原判決は正当というべきである。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

嫡出でない子の法定相続分

最高裁平成25年9月4日大法廷判決(民集67巻6号1320頁)

民法900条4号ただし書前段の規定と憲法14条1項
民法900条4号ただし書前段の規定を違憲とする最高裁判所の判断が他の相続における上記規定を前提とした法律関係に及ぼす影響
       主   文
 原決定を破棄する。
 本件を東京高等裁判所に差し戻す。
       理   由
 抗告人Y1の抗告理由第1及び抗告人Y2の代理人小田原昌行,同鹿田昌,同柳生由紀子の抗告理由3(2)について
 1 事案の概要等
 本件は,平成13年7月▲▲日に死亡したAの遺産につき,Aの嫡出である子(その代襲相続人を含む。)である相手方らが,Aの嫡出でない子である抗告人らに対し,遺産の分割の審判を申し立てた事件である。
 原審は,民法900条4号ただし書の規定のうち嫡出でない子の相続分を嫡出子の相続分の2分の1とする部分(以下,この部分を「本件規定」という。)は憲法14条1項に違反しないと判断し,本件規定を適用して算出された相手方ら及び抗告人らの法定相続分を前提に,Aの遺産の分割をすべきものとした。
 論旨は,本件規定は憲法14条1項に違反し無効であるというものである。
 2 憲法14条1項適合性の判断基準について
 憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定が,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきことは,当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。
 相続制度は,被相続人の財産を誰に,どのように承継させるかを定めるものであるが,相続制度を定めるに当たっては,それぞれの国の伝統,社会事情,国民感情なども考慮されなければならない。さらに,現在の相続制度は,家族というものをどのように考えるかということと密接に関係しているのであって,その国における婚姻ないし親子関係に対する規律,国民の意識等を離れてこれを定めることはできない。これらを総合的に考慮した上で,相続制度をどのように定めるかは,立法府の合理的な裁量判断に委ねられているものというべきである。この事件で問われているのは,このようにして定められた相続制度全体のうち,本件規定により嫡出子と嫡出でない子との間で生ずる法定相続分に関する区別が,合理的理由のない差別的取扱いに当たるか否かということであり,立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても,そのような区別をすることに合理的な根拠が認められない場合には,当該区別は,憲法14条1項に違反するものと解するのが相当である。
 3 本件規定の憲法14条1項適合性について
 (1) 憲法24条1項は,「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。」と定め,同条2項は,「配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。」と定めている。これを受けて,民法739条1項は,「婚姻は,戸籍法(中略)の定めるところにより届け出ることによって,その効力を生ずる。」と定め,いわゆる事実婚主義を排して法律婚主義を採用している。一方,相続制度については,昭和22年法律第222号による民法の一部改正(以下「昭和22年民法改正」という。)により,「家」制度を支えてきた家督相続が廃止され,配偶者及び子が相続人となることを基本とする現在の相続制度が導入されたが,家族の死亡によって開始する遺産相続に関し嫡出でない子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1とする規定(昭和22年民法改正前の民法1004条ただし書)は,本件規定として現行民法にも引き継がれた。
 (2) 最高裁平成3年(ク)第143号同7年7月5日大法廷決定・民集49巻7号1789頁(以下「平成7年大法廷決定」という。)は,本件規定を含む法定相続分の定めが,法定相続分のとおりに相続が行われなければならないことを定めたものではなく,遺言による相続分の指定等がない場合などにおいて補充的に機能する規定であることをも考慮事情とした上,前記2と同旨の判断基準の下で,嫡出でない子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1と定めた本件規定につき,「民法が法律婚主義を採用している以上,法定相続分は婚姻関係にある配偶者とその子を優遇してこれを定めるが,他方,非嫡出子にも一定の法定相続分を認めてその保護を図ったものである」とし,その定めが立法府に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えたものということはできないのであって,憲法14条1項に反するものとはいえないと判断した。
 しかし,法律婚主義の下においても,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分をどのように定めるかということについては,前記2で説示した事柄を総合的に考慮して決せられるべきものであり,また,これらの事柄は時代と共に変遷するものでもあるから,その定めの合理性については,個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らして不断に検討され,吟味されなければならない。
 (3) 前記2で説示した事柄のうち重要と思われる事実について,昭和22年民法改正以降の変遷等の概要をみると,次のとおりである。
 ア 昭和22年民法改正の経緯をみると,その背景には,「家」制度を支えてきた家督相続は廃止されたものの,相続財産は嫡出の子孫に承継させたいとする気風や,法律婚を正当な婚姻とし,これを尊重し,保護する反面,法律婚以外の男女関係,あるいはその中で生まれた子に対する差別的な国民の意識が作用していたことがうかがわれる。また,この改正法案の国会審議においては,本件規定の憲法14条1項適合性の根拠として,嫡出でない子には相続分を認めないなど嫡出子と嫡出でない子の相続分に差異を設けていた当時の諸外国の立法例の存在が繰り返し挙げられており,現行民法に本件規定を設けるに当たり,上記諸外国の立法例が影響を与えていたことが認められる。
 しかし,昭和22年民法改正以降,我が国においては,社会,経済状況の変動に伴い,婚姻や家族の実態が変化し,その在り方に対する国民の意識の変化も指摘されている。すなわち,地域や職業の種類によって差異のあるところであるが,要約すれば,戦後の経済の急速な発展の中で,職業生活を支える最小単位として,夫婦と一定年齢までの子どもを中心とする形態の家族が増加するとともに,高齢化の進展に伴って生存配偶者の生活の保障の必要性が高まり,子孫の生活手段としての意義が大きかった相続財産の持つ意味にも大きな変化が生じた。昭和55年法律第51号による民法の一部改正により配偶者の法定相続分が引き上げられるなどしたのは,このような変化を受けたものである。さらに,昭和50年代前半頃までは減少傾向にあった嫡出でない子の出生数は,その後現在に至るまで増加傾向が続いているほか,平成期に入った後においては,いわゆる晩婚化,非婚化,少子化が進み,これに伴って中高年の未婚の子どもがその親と同居する世帯や単独世帯が増加しているとともに,離婚件数,特に未成年の子を持つ夫婦の離婚件数及び再婚件数も増加するなどしている。これらのことから,婚姻,家族の形態が著しく多様化しており,これに伴い,婚姻,家族の在り方に対する国民の意識の多様化が大きく進んでいることが指摘されている。
 イ 前記アのとおり本件規定の立法に影響を与えた諸外国の状況も,大きく変化してきている。すなわち,諸外国,特に欧米諸国においては,かつては,宗教上の理由から嫡出でない子に対する差別の意識が強く,昭和22年民法改正当時は,多くの国が嫡出でない子の相続分を制限する傾向にあり,そのことが本件規定の立法に影響を与えたところである。しかし,1960年代後半(昭和40年代前半)以降,これらの国の多くで,子の権利の保護の観点から嫡出子と嫡出でない子との平等化が進み,相続に関する差別を廃止する立法がされ,平成7年大法廷決定時点でこの差別が残されていた主要国のうち,ドイツにおいては1998年(平成10年)の「非嫡出子の相続法上の平等化に関する法律」により,フランスにおいては2001年(平成13年)の「生存配偶者及び姦生子の権利並びに相続法の諸規定の現代化に関する法律」により,嫡出子と嫡出でない子の相続分に関する差別がそれぞれ撤廃されるに至っている。現在,我が国以外で嫡出子と嫡出でない子の相続分に差異を設けている国は,欧米諸国にはなく,世界的にも限られた状況にある。
 ウ 我が国は,昭和54年に「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(昭和54年条約第7号)を,平成6年に「児童の権利に関する条約」(平成6年条約第2号)をそれぞれ批准した。これらの条約には,児童が出生によっていかなる差別も受けない旨の規定が設けられている。また,国際連合の関連組織として,前者の条約に基づき自由権規約委員会が,後者の条約に基づき児童の権利委員会が設置されており,これらの委員会は,上記各条約の履行状況等につき,締約国に対し,意見の表明,勧告等をすることができるものとされている。
 我が国の嫡出でない子に関する上記各条約の履行状況等については,平成5年に自由権規約委員会が,包括的に嫡出でない子に関する差別的規定の削除を勧告し,その後,上記各委員会が,具体的に本件規定を含む国籍,戸籍及び相続における差別的規定を問題にして,懸念の表明,法改正の勧告等を繰り返してきた。最近でも,平成22年に,児童の権利委員会が,本件規定の存在を懸念する旨の見解を改めて示している。
 エ 前記イ及びウのような世界的な状況の推移の中で,我が国における嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等も変化してきた。すなわち,住民票における世帯主との続柄の記載をめぐり,昭和63年に訴訟が提起され,その控訴審係属中である平成6年に,住民基本台帳事務処理要領の一部改正(平成6年12月15日自治振第233号)が行われ,世帯主の子は,嫡出子であるか嫡出でない子であるかを区別することなく,一律に「子」と記載することとされた。また,戸籍における嫡出でない子の父母との続柄欄の記載をめぐっても,平成11年に訴訟が提起され,その第1審判決言渡し後である平成16年に,戸籍法施行規則の一部改正(平成16年法務省令第76号)が行われ,嫡出子と同様に「長男(長女)」等と記載することとされ,既に戸籍に記載されている嫡出でない子の父母との続柄欄の記載も,通達(平成16年11月1日付け法務省民一第3008号民事局長通達)により,当該記載を申出により上記のとおり更正することとされた。さらに,最高裁平成18年(行ツ)第135号同20年6月4日大法廷判決・民集62巻6号1367頁は,嫡出でない子の日本国籍の取得につき嫡出子と異なる取扱いを定めた国籍法3条1項の規定(平成20年法律第88号による改正前のもの)が遅くとも平成15年当時において憲法14条1項に違反していた旨を判示し,同判決を契機とする国籍法の上記改正に際しては,同年以前に日本国籍取得の届出をした嫡出でない子も日本国籍を取得し得ることとされた。
 オ 嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を平等なものにすべきではないかとの問題についても,かなり早くから意識されており,昭和54年に法務省民事局参事官室により法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づくものとして公表された「相続に関する民法改正要綱試案」において,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を平等とする旨の案が示された。また,平成6年に同じく上記小委員会の審議に基づくものとして公表された「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」及びこれを更に検討した上で平成8年に法制審議会が法務大臣に答申した「民法の一部を改正する法律案要綱」において,両者の法定相続分を平等とする旨が明記された。さらに,平成22年にも国会への提出を目指して上記要綱と同旨の法律案が政府により準備された。もっとも,いずれも国会提出には至っていない。
 カ 前記ウの各委員会から懸念の表明,法改正の勧告等がされた点について同エのとおり改正が行われた結果,我が国でも,嫡出子と嫡出でない子の差別的取扱いはおおむね解消されてきたが,本件規定の改正は現在においても実現されていない。その理由について考察すれば,欧米諸国の多くでは,全出生数に占める嫡出でない子の割合が著しく高く,中には50%以上に達している国もあるのとは対照的に,我が国においては,嫡出でない子の出生数が年々増加する傾向にあるとはいえ,平成23年でも2万3000人余,上記割合としては約2.2%にすぎないし,婚姻届を提出するかどうかの判断が第1子の妊娠と深く結び付いているとみられるなど,全体として嫡出でない子とすることを避けようとする傾向があること,換言すれば,家族等に関する国民の意識の多様化がいわれつつも,法律婚を尊重する意識は幅広く浸透しているとみられることが,上記理由の一つではないかと思われる。
 しかし,嫡出でない子の法定相続分を嫡出子のそれの2分の1とする本件規定の合理性は,前記2及び(2)で説示したとおり,種々の要素を総合考慮し,個人の尊厳と法の下の平等を定める憲法に照らし,嫡出でない子の権利が不当に侵害されているか否かという観点から判断されるべき法的問題であり,法律婚を尊重する意識が幅広く浸透しているということや,嫡出でない子の出生数の多寡,諸外国と比較した出生割合の大小は,上記法的問題の結論に直ちに結び付くものとはいえない。
 キ 当裁判所は,平成7年大法廷決定以来,結論としては本件規定を合憲とする判断を示してきたものであるが,平成7年大法廷決定において既に,嫡出でない子の立場を重視すべきであるとして5名の裁判官が反対意見を述べたほかに,婚姻,親子ないし家族形態とこれに対する国民の意識の変化,更には国際的環境の変化を指摘して,昭和22年民法改正当時の合理性が失われつつあるとの補足意見が述べられ,その後の小法廷判決及び小法廷決定においても,同旨の個別意見が繰り返し述べられてきた(最高裁平成11年(オ)第1453号同12年1月27日第一小法廷判決・裁判集民事196号251頁,最高裁平成14年(オ)第1630号同15年3月28日第二小法廷判決・裁判集民事209号347頁,最高裁平成14年(オ)第1963号同15年3月31日第一小法廷判決・裁判集民事209号397頁,最高裁平成16年(オ)第992号同年10月14日第一小法廷判決・裁判集民事215号253頁,最高裁平成20年(ク)第1193号同21年9月30日第二小法廷決定・裁判集民事231号753頁等)。特に,前掲最高裁平成15年3月31日第一小法廷判決以降の当審判例は,その補足意見の内容を考慮すれば,本件規定を合憲とする結論を辛うじて維持したものとみることができる。
 ク 前記キの当審判例の補足意見の中には,本件規定の変更は,相続,婚姻,親子関係等の関連規定との整合性や親族・相続制度全般に目配りした総合的な判断が必要であり,また,上記変更の効力発生時期ないし適用範囲の設定も慎重に行うべきであるとした上,これらのことは国会の立法作用により適切に行い得る事柄である旨を述べ,あるいは,速やかな立法措置を期待する旨を述べるものもある。
 これらの補足意見が付されたのは,前記オで説示したように,昭和54年以降間けつ的に本件規定の見直しの動きがあり,平成7年大法廷決定の前後においても法律案要綱が作成される状況にあったことなどが大きく影響したものとみることもできるが,いずれにしても,親族・相続制度のうちどのような事項が嫡出でない子の法定相続分の差別の見直しと関連するのかということは必ずしも明らかではなく,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を平等とする内容を含む前記オの要綱及び法律案においても,上記法定相続分の平等化につき,配偶者相続分の変更その他の関連する親族・相続制度の改正を行うものとはされていない。そうすると,関連規定との整合性を検討することの必要性は,本件規定を当然に維持する理由とはならないというべきであって,上記補足意見も,裁判において本件規定を違憲と判断することができないとする趣旨をいうものとは解されない。また,裁判において本件規定を違憲と判断しても法的安定性の確保との調和を図り得ることは,後記4で説示するとおりである。
 なお,前記(2)のとおり,平成7年大法廷決定においては,本件規定を含む法定相続分の定めが遺言による相続分の指定等がない場合などにおいて補充的に機能する規定であることをも考慮事情としている。しかし,本件規定の補充性からすれば,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を平等とすることも何ら不合理ではないといえる上,遺言によっても侵害し得ない遺留分については本件規定は明確な法律上の差別というべきであるとともに,本件規定の存在自体がその出生時から嫡出でない子に対する差別意識を生じさせかねないことをも考慮すれば,本件規定が上記のように補充的に機能する規定であることは,その合理性判断において重要性を有しないというべきである。
 (4) 本件規定の合理性に関連する以上のような種々の事柄の変遷等は,その中のいずれか一つを捉えて,本件規定による法定相続分の区別を不合理とすべき決定的な理由とし得るものではない。しかし,昭和22年民法改正時から現在に至るまでの間の社会の動向,我が国における家族形態の多様化やこれに伴う国民の意識の変化,諸外国の立法のすう勢及び我が国が批准した条約の内容とこれに基づき設置された委員会からの指摘,嫡出子と嫡出でない子の区別に関わる法制等の変化,更にはこれまでの当審判例における度重なる問題の指摘等を総合的に考察すれば,家族という共同体の中における個人の尊重がより明確に認識されてきたことは明らかであるといえる。そして,法律婚という制度自体は我が国に定着しているとしても,上記のような認識の変化に伴い,上記制度の下で父母が婚姻関係になかったという,子にとっては自ら選択ないし修正する余地のない事柄を理由としてその子に不利益を及ぼすことは許されず,子を個人として尊重し,その権利を保障すべきであるという考えが確立されてきているものということができる。
 以上を総合すれば,遅くともAの相続が開始した平成13年7月当時においては,立法府の裁量権を考慮しても,嫡出子と嫡出でない子の法定相続分を区別する合理的な根拠は失われていたというべきである。
 したがって,本件規定は,遅くとも平成13年7月当時において,憲法14条1項に違反していたものというべきである。
 4 先例としての事実上の拘束性について
 本決定は,本件規定が遅くとも平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたと判断するものであり,平成7年大法廷決定並びに前記3(3)キの小法廷判決及び小法廷決定が,それより前に相続が開始した事件についてその相続開始時点での本件規定の合憲性を肯定した判断を変更するものではない。
 他方,憲法に違反する法律は原則として無効であり,その法律に基づいてされた行為の効力も否定されるべきものであることからすると,本件規定は,本決定により遅くとも平成13年7月当時において憲法14条1項に違反していたと判断される以上,本決定の先例としての事実上の拘束性により,上記当時以降は無効であることとなり,また,本件規定に基づいてされた裁判や合意の効力等も否定されることになろう。しかしながら,本件規定は,国民生活や身分関係の基本法である民法の一部を構成し,相続という日常的な現象を規律する規定であって,平成13年7月から既に約12年もの期間が経過していることからすると,その間に,本件規定の合憲性を前提として,多くの遺産の分割が行われ,更にそれを基に新たな権利関係が形成される事態が広く生じてきていることが容易に推察される。取り分け,本決定の違憲判断は,長期にわたる社会状況の変化に照らし,本件規定がその合理性を失ったことを理由として,その違憲性を当裁判所として初めて明らかにするものである。それにもかかわらず,本決定の違憲判断が,先例としての事実上の拘束性という形で既に行われた遺産の分割等の効力にも影響し,いわば解決済みの事案にも効果が及ぶとすることは,著しく法的安定性を害することになる。法的安定性は法に内在する普遍的な要請であり,当裁判所の違憲判断も,その先例としての事実上の拘束性を限定し,法的安定性の確保との調和を図ることが求められているといわなければならず,このことは,裁判において本件規定を違憲と判断することの適否という点からも問題となり得るところといえる(前記3(3)ク参照)。
 以上の観点からすると,既に関係者間において裁判,合意等により確定的なものとなったといえる法律関係までをも現時点で覆すことは相当ではないが,関係者間の法律関係がそのような段階に至っていない事案であれば,本決定により違憲無効とされた本件規定の適用を排除した上で法律関係を確定的なものとするのが相当であるといえる。そして,相続の開始により法律上当然に法定相続分に応じて分割される可分債権又は可分債務については,債務者から支払を受け,又は債権者に弁済をするに当たり,法定相続分に関する規定の適用が問題となり得るものであるから,相続の開始により直ちに本件規定の定める相続分割合による分割がされたものとして法律関係が確定的なものとなったとみることは相当ではなく,その後の関係者間での裁判の終局,明示又は黙示の合意の成立等により上記規定を改めて適用する必要がない状態となったといえる場合に初めて,法律関係が確定的なものとなったとみるのが相当である。
 したがって,本決定の違憲判断は,Aの相続の開始時から本決定までの間に開始された他の相続につき,本件規定を前提としてされた遺産の分割の審判その他の裁判,遺産の分割の協議その他の合意等により確定的なものとなった法律関係に影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。
 5 結論
 以上によれば,平成13年7月▲▲日に開始したAの相続に関しては,本件規定は,憲法14条1項に違反し無効でありこれを適用することはできないというべきである。これに反する原審の前記判断は,同項の解釈を誤るものであって是認することができない。論旨は理由があり,その余の論旨について判断するまでもなく原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官金築誠志,同千葉勝美,同岡部喜代子の各補足意見がある。
 裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。
 法廷意見のうち本決定の先例としての事実上の拘束性に関する判示は,これまでの当審の判例にはなかったもので,将来にわたり一般的意義を有し,種々議論があり得ると思われるので,私の理解するところを述べておくこととしたい。
 本決定のような考え方が,いかにして可能であるのか。この問題を検討するに当たっては,我が国の違憲審査制度において確立した原則である,いわゆる付随的違憲審査制と違憲判断に関する個別的効力説を前提とすべきであろう。
 付随的違憲審査制は,当該具体的事案の解決に必要な限りにおいて法令の憲法適合性判断を行うものであるところ,本件の相続で問題とされているのは,同相続の開始時に実体的な効力を生じさせている法定相続分の規定であるから,その審査は,同相続が開始した時を基準として行うべきである。本決定も,本件の相続が開始した当時を基準として,本件規定の憲法適合性を判断している。
 また,個別的効力説では,違憲判断は当該事件限りのものであって,最高裁判所の違憲判断といえども,違憲とされた規定を一般的に無効とする効力がないから,立法により当該規定が削除ないし改正されない限り,他の事件を担当する裁判所は,当該規定の存在を前提として,改めて憲法判断をしなければならない。個別的効力説における違憲判断は,他の事件に対しては,先例としての事実上の拘束性しか有しないのである。とはいえ,遅くとも本件の相続開始当時には本件規定は憲法14条1項に違反するに至っていた旨の判断が最高裁判所においてされた以上,法の平等な適用という観点からは,それ以降の相続開始に係る他の事件を担当する裁判所は,同判断に従って本件規定を違憲と判断するのが相当であることになる。その意味において,本決定の違憲判断の効果は,遡及するのが原則である。
 しかし,先例としての事実上の拘束性は,同種の事件に同一の解決を与えることにより,法の公平・平等な適用という要求に応えるものであるから,憲法14条1項の平等原則が合理的な理由による例外を認めるのと同様に,合理的な理由に基づく例外が許されてよい。また,先例としての事実上の拘束性は,同種の事件に同一の解決を与えることによって,法的安定性の実現を図るものでもあるところ,拘束性を認めることが,かえって法的安定性を害するときは,その役割を後退させるべきであろう。本決定の違憲判断により,既に行われた遺産分割等の効力が影響を受けるものとすることが,著しく法的安定性を害することについては,法廷意見の説示するとおりであるが,特に,従来の最高裁判例が合憲としてきた法令について違憲判断を行うという本件のような場合にあっては,従来の判例に依拠して行われてきた行為の効力を否定することは,法的安定性を害する程度が更に大きい。
 遡及効を制限できるか否かは,裁判所による法の解釈が,正しい法の発見にとどまるのか,法の創造的機能を持つのかという問題に関連するところが大きいとの見解がある。確かに,当該事件を離れて,特定の法解釈の適用範囲を決定する行為は,立法に類するところがあるといわなければならない。裁判所による法解釈は正しい法の発見にとどまると考えれば,遡及効の制限についても否定的な見解に傾くことになろう。そもそも,他の事件に対する法適用の在り方について判示することの当否を問題にする向きもあるかもしれない。
 しかし,本決定のこの点に関する判示は,予測される混乱を回避する方途を示すことなく本件規定を違憲と判断することは相当でないという見地からなされたものと解されるのであって,違憲判断と密接に関連しているものであるから,単なる傍論と評価すべきではない。また,裁判所による法解釈は正しい法の発見にとどまるという考え方については,法解釈の実態としては,事柄により程度・態様に違いはあっても,通常,何ほどかの法創造的な側面を伴うことは避け難いと考えられるのであって,裁判所による法解釈の在り方を上記のように限定することは,相当とは思われない。コモン・ローの伝統を受け継ぐ米国においても,判例の不遡及的変更を認めている。
 また,判例の不遡及的変更は,憲法判断の場合に限られる問題ではないが,法令の規定に関する憲法判断の変更において,法的安定性の確保の要請が,より深刻かつ広範な問題として現出することは,既に述べたとおりである。法令の違憲審査については,その影響の大きさに鑑み,法令を合憲的に限定解釈するなど,謙抑的な手法がとられることがあるが,遡及効の制限をするのは,違憲判断の及ぶ範囲を限定しようというものであるから,違憲審査権の謙抑的な行使と見ることも可能であろう。
 いずれにしても,違憲判断は個別的効力しか有しないのであるから,その判断の遡及効に関する判示を含めて,先例としての事実上の拘束性を持つ判断として,他の裁判所等により尊重され,従われることによって効果を持つものである。その意味でも,立法とは異なるのであるが,実際上も,今後どのような形で関連する紛争が生ずるかは予測しきれないところがあり,本決定は,違憲判断の効果の及ばない場合について,網羅的に判示しているわけでもない。各裁判所は,本決定の判示を指針としつつも,違憲判断の要否等も含めて,事案の妥当な解決のために適切な判断を行っていく必要があるものと考える。
 裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
 私は,法廷意見における本件の違憲判断の遡及効に係る判示と違憲審査権との関係について,若干の所見を補足しておきたい。
 1 法廷意見は,本件規定につき,遅くとも本件の相続が発生した当時において違憲であり,それ以降は無効であるとしたが,本決定の違憲判断の先例としての事実上の拘束性の点については,法的安定性を害することのないよう,既に解決した形となっているものには及ばないとして,その効果の及ぶ範囲を一定程度に制限する判示(以下「本件遡及効の判示」という。)をしている。
 この判示については,我が国の最高裁判所による違憲審査権の行使が,いわゆる付随的審査制を採用し,違憲判断の効力については個別的効力説とするのが一般的な理解である以上,本件の違憲判断についての遡及効の有無,範囲等を,それが先例としての事実上の拘束性という形であったとしても,対象となる事件の処理とは離れて,他の同種事件の今後の処理の在り方に関わるものとしてあらかじめ示すことになる点で異例ともいえるものである。しかし,これは,法令を違憲無効とすることは通常はそれを前提に築き上げられてきた多くの法律関係等を覆滅させる危険を生じさせるため,そのような法的安定性を大きく阻害する事態を避けるための措置であって,この点の配慮を要する事件において,最高裁判所が法令を違憲無効と判断する際には,基本的には常に必要不可欠な説示というべきものである。その意味で,本件遡及効の判示は,いわゆる傍論(obiter dictum)ではなく,判旨(ratio decidendi)として扱うべきものである。
 2 次に,違憲無効とされた法令について立法により廃止措置を行う際には,廃止を定める改正法の施行時期や経過措置について,法的安定性を覆すことの弊害等を考慮して,改正法の附則の規定によって必要な手当を行うことが想定されるところであるが,本件遡及効の判示は,この作用(立法による改正法の附則による手当)と酷似しており,司法作用として可能かどうか,あるいは適当かどうかが問題とされるおそれがないわけではない。
 憲法が最高裁判所に付与した違憲審査権は,法令をも対象にするため,それが違憲無効との判断がされると,個別的効力説を前提にしたとしても,先例としての事実上の拘束性が広く及ぶことになるため,そのままでは法的安定性を損なう事態が生ずることは当然に予想されるところである。そのことから考えると,このような事態を避けるため,違憲判断の遡及効の有無,時期,範囲等を一定程度制限するという権能,すなわち,立法が改正法の附則でその施行時期等を定めるのに類した作用も,違憲審査権の制度の一部として当初から予定されているはずであり,本件遡及効の判示は,最高裁判所の違憲審査権の行使に性質上内在する,あるいはこれに付随する権能ないし制度を支える原理,作用の一部であって,憲法は,これを違憲審査権行使の司法作用としてあらかじめ承認しているものと考えるべきである。
 裁判官岡部喜代子の補足意見は,次のとおりである。
 本件の事案に鑑み,本件規定の憲法適合性の問題と我が国における法律婚を尊重する意識との関係について,若干補足する。
 1 平成7年大法廷決定は,民法が法律婚主義を採用した結果婚姻から出生した嫡出子と嫡出でない子の区別が生じ,親子関係の成立などにつき異なった規律がされてもやむを得ないと述べる。親子の成立要件について,妻が婚姻中に懐胎した子については何らの手続なくして出生と同時にその夫が父である嫡出子と法律上推定されるのであり(民法772条),この点で,認知により父子関係が成立する嫡出でない子と異なるところ,その区別は婚姻関係に根拠を置くものであって合理性を有するといえる。しかし,相続分の定めは親子関係の効果の問題であるところ,婚姻関係から出生した嫡出子を嫡出でない子より優遇すべきであるとの結論は,上記親子関係の成立要件における区別に根拠があるというような意味で論理的に当然であると説明できるものではない。
 婚姻の尊重とは嫡出子を含む婚姻共同体の尊重であり,その尊重は当然に相続分における尊重を意味するとの見解も存在する。しかし,法廷意見が説示するとおり,相続制度は様々な事柄を総合考慮して定められるものであり,それらの事柄は時代と共に変遷するものである以上,仮に民法が婚姻について上記のような見解を採用し,本件規定もその一つの表れであるとしても,相続における婚姻共同体の尊重を,被相続人の嫡出でない子との関係で嫡出子の相続分を優遇することによって貫くことが憲法上許容されるか否かについては,不断に検討されなければならないことである。
 2 夫婦及びその間の子を含む婚姻共同体の保護という考え方の実質上の根拠として,婚姻期間中に婚姻当事者が得た財産は実質的には婚姻共同体の財産であって本来その中に在る嫡出子に承継されていくべきものであるという見解が存在する。確かに,夫婦は婚姻共同体を維持するために働き,婚姻共同体を維持するために協力するのであり(夫婦については法的な協力扶助義務がある。),その協力は長期にわたる不断の努力を必要とするものといえる。社会的事実としても,多くの場合,夫婦は互いに,生計を維持するために働き,家事を負担し,親戚付き合いや近所付き合いを行うほか様々な雑事をこなし,あるいは,長期間の肉体的,経済的負担を伴う育児を行い,高齢となった親その他の親族の面倒を見ることになる場合もある。嫡出子はこの夫婦の協力により扶養され養育されて成長し,そして子自身も夫婦間の協力と性質・程度は異なるものの事実上これらに協力するのが通常であろう。
 これが,基本的に我が国の一つの家族像として考えられてきたものであり,こうした家族像を基盤として,法律婚を尊重する意識が広く共有されてきたものということができるであろう。平成7年大法廷決定が対象とした相続の開始時点である昭和63年当時においては,上記のような家族像が広く浸透し,本件規定の合理性を支えていたものと思われるが,現在においても,上記のような家族像はなお一定程度浸透しているものと思われ,そのような状況の下において,婚姻共同体の構成員が,そこに属さない嫡出でない子の相続分を上記構成員である嫡出子と同等とすることに否定的な感情を抱くことも,理解できるところである。
 しかし,今日種々の理由によって上記のような家族像に変化が生じていることは法廷意見の指摘するとおりである。同時に,嫡出でない子は,生まれながらにして選択の余地がなく上記のような婚姻共同体の一員となることができない。もちろん,法律婚の形をとらないという両親の意思によって,実態は婚姻共同体とは異ならないが嫡出子となり得ないという場合もないではないが,多くの場合は,婚姻共同体に参加したくてもできず,婚姻共同体維持のために努力したくてもできないという地位に生まれながらにして置かれるというのが実態であろう。そして,法廷意見が述べる昭和22年民法改正以後の国内外の事情の変化は,子を個人として尊重すべきであるとの考えを確立させ,婚姻共同体の保護自体には十分理由があるとしても,そのために婚姻共同体のみを当然かつ一般的に婚姻外共同体よりも優遇することの合理性,ないし,婚姻共同体の保護を理由としてその構成員である嫡出子の相続分を非構成員である嫡出でない子の相続分よりも優遇することの合理性を減少せしめてきたものといえる。
 こうした観点からすると,全体として法律婚を尊重する意識が広く浸透しているからといって,嫡出子と嫡出でない子の相続分に差別を設けることはもはや相当ではないというべきである。
(裁判長裁判官 竹崎博允 裁判官 櫻井龍子 裁判官 竹内行夫 裁判官 金築誠志 裁判官 千葉勝美 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 山浦善樹 裁判官 小貫芳信 裁判官 鬼丸かおる 裁判官 木内道祥)

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家族信託-家族信託の注意点-

家族信託その5-家族信託の注意点-

家族信託は,生前贈与,成年後見制度,遺言などとは違って柔軟な財産管理を行うことが可能ですが,注意点がいくつかあります。

まず,家族信託を組成するだけで直ちに節税の効果があるわけではありません。贈与税がかかることを回避したり,認知症発症後も相続税対策が可能であるという点では間接的に節税効果はあるかも知れません。
節税のために家族信託を組成するのであれば,税理士を含めた緻密な検討が必要になります。

税務関係についていえば,複数の収益物件のうち1つを信託財産として信託を組成した場合,信託財産と信託財産以外の財産との間で損益通算ができないということも注意が必要です。

また,二次相続,三次相続までも含めて組成を行う場合,何世代にもわたって拘束されることになります。これは家族信託のメリットの1つですが,ご家族の納得を得ていない場合には,かえってトラブルになる可能性も孕んでいるといえます。

その他,家族信託に理解のある金融機関が少ないのが現状です。金銭を信託財産とする場合,本来であれば,「委託者A受託者B信託口」などの口座名義で保管することが好ましいのですが,このような口座の開設をしてくれる金融機関は現時点においてはごくわずかです。

そのため,金銭を信託財産とする場合には弁護士などの専門家と十分に相談する必要があります。

家族信託-遺言との違い-

家族信託その4-遺言との違い-

今回は遺言と家族信託の違いについて説明します。

遺言では,亡くなった後の財産の配分を指定できますが,生きている間の財産管理については一切指示することができません。

また,遺言では,あくまで本人の遺産について一次相続についてのみ指定できるだけです。たとえば,「自分が亡くなった場合,自宅は妻に相続させる。その後,妻が亡くなった場合には,自宅は長男に相続させる。」という形で二次相続以降について記載しても効力はありません。

これに対し,家族信託では,「自分が生きている間はこうして欲しい。自分が死んだらこうして欲しい。」というように,生前の財産管理と死後の財産管理を同時に指示することができます。

また,遺言ではできない二次相続,三次相続についても財産の移転について指示を行うことが可能です。

家族信託-成年後見との違い-

家族信託その3-成年後見との違い-

今回は成年後見と家族信託の違いについて説明します。

成年後見制度は,本人の生活を守るために本人に代わって成年後見人が本人の財産管理を行う制度です。つまり,財産管理といっても,本人の財産からは本人の生活を維持するための最低限の生活費しか使うことができません。

そのため,次のような問題点が指摘されています。

本人が相続税対策(節税対策)を希望していても,(非課税範囲内でも)生前贈与はできず,相続税対策としての生命保険契約等もできず,お見舞いに来てくれた家族に対して交通費を支給したり,お孫さんに対してお年玉をあげることも原則としてできません。

また,専門家が成年後見人に選任された場合,成年後見人報酬の支払いが必要です。

この点,家族信託の方法によれば,本人が健康なうちに信託行為を設定して,信託行為の中で相続税対策を指示しておけば,受託者は相続税対策を実行できますし,お見舞いに来た家族に対する交通費の支給やお孫さんへのお年玉の支給を指示することも可能です。

このように,家族信託では成年後見制度ではできない柔軟な対策が可能です。

相続財産法人の法的地位と被相続人からの物件取得者との関係

最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決(最高裁判所民事判例集53巻1号128頁)

被相続人から抵当権の設定を受けた相続債権者が相続財産法人に対して抵当権設定登記手続を請求することの可否
       主   文
 原判決を破棄する。
 被上告人の控訴を棄却する。
 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
       理   由
 上告人の上告受理申立て理由について
 一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 亡Dは、平成元年九月二五日、被上告人に対する四億円の債務を担保するため、原判決別紙物件目録記載の不動産に、極度額四億四〇〇〇万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定したが、その設定登記手続はされなかった。
 2 Dは、平成七年一月三〇日に死亡した。
 3 被上告人は、本件根抵当権について、仮登記を命ずる仮処分命令を得て、平成七年三月二〇日、平成元年九月二五日設定を原因とする根抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)を了した。
 4 その後、Dの法定相続人全員が相続の放棄をし、平成八年四月一五日、被上告人の申立てにより、Aが亡D相続財産(上告人)の相続財産管理人に選任された。
 二 本件は、被上告人が、本件根抵当権につき、上告人に対し、本件仮登記に基づく本登記手続を請求するものである。原審は、大要次のように判示して、被上告人の請求を棄却した第一審判決を取り消し、被上告人の請求を認容した。
 相続財産法人は、被相続人の権利義務を承継した相続人と同様の地位にあるから、被上告人と亡Dとの間に根抵当権設定契約がされている以上、被上告人の請求には理由がある。民法九五七条二項において準用する九二九条ただし書の「優先権を有する債権者」とは相続開始時までに対抗要件を備えている債権者を指すと解すべきであるから、これに当たらない被上告人が登記手続を求める実益はないといえなくもないが、実益がないというのも、飽くまで相続財産法人が存続し、右ただし書が適用される限りにおいてのことにすぎないばかりでなく、抵当権者が抵当権設定者に対して設定登記手続を請求する権利の実現を図ることができるのは当然のことである。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 1 相続人が存在しない場合(法定相続人の全員が相続の放棄をした場合を含む。)には、利害関係人等の請求によって選任される相続財産の管理人が相続財産の清算を行う。管理人は、債権申出期間の公告をした上で(民法九五七条一項)、相続財産をもって、各相続債権者に、その債権額の割合に応じて弁済をしなければならない(同条二項において準用する九二九条本文)。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することができない(同条ただし書)。この「優先権を有する債権者の権利」に当たるというためには、対抗要件を必要とする権利については、被相続人の死亡の時までに対抗要件を具備していることを要すると解するのが相当である。相続債権者間の優劣は、相続開始の時点である被相続人の死亡の時を基準として決するのが当然だからである。この理は、所論の引用する判例(大審院昭和一三年(オ)第二三八五号同一四年一二月二一日判決・民集一八巻一六二一頁)が、限定承認がされた場合について、現在の民法九二九条に相当する旧民法一〇三一条の解釈として判示するところであって、相続人が存在しない場合についてこれと別異に解すべき根拠を見いだすことができない。
 したがって、相続人が存在しない場合には(限定承認がされた場合も同じ。)、相続債権者は、被相続人からその生前に抵当権の設定を受けていたとしても、被相続人の死亡の時点において設定登記がされていなければ、他の相続債権者及び受遺者に対して抵当権に基づく優先権を対抗することができないし、被相続人の死亡後に設定登記がされたとしても、これによって優先権を取得することはない(被相続人の死亡前にされた抵当権設定の仮登記に基づいて被相続人の死亡後に本登記がされた場合を除く。)。
 2 相続財産の管理人は、すべての相続債権者及び受遺者のために法律に従って弁済を行うのであるから、弁済に際して、他の相続債権者及び受遺者に対して対抗することができない抵当権の優先権を承認することは許されない。そして、優先権の承認されない抵当権の設定登記がされると、そのことがその相続財産の換価(民法九五七条二項において準用する九三二条本文)をするのに障害となり、管理人による相続財産の清算に著しい支障を来すことが明らかである。したがって、管理人は、被相続人から抵当権の設定を受けた者からの設定登記手続請求を拒絶することができるし、また、これを拒絶する義務を他の相続債権者及び受遺者に対して負うものというべきである。
 以上の理由により、相続債権者は、被相続人から抵当権の設定を受けていても、被相続人の死亡前に仮登記がされていた場合を除き、相続財産法人に対して抵当権設定登記手続を請求することができないと解するのが相当である。限定承認がされた場合における限定承認者に対する設定登記手続請求も、これと同様である(前掲大審院判例を参照)。なお、原判決の引用する判例(最高裁昭和二七年(オ)第五一九号同二九年九月一〇日第二小法廷判決・裁判集民事一五号五一三頁)は、本件の問題とは事案を異にし、右に説示したところと抵触するものではない。
 3 したがって、被上告人には、本件根抵当権につき、上告人に対し、本件仮登記に基づく本登記手続を請求する権利がないものというべきである。
 四 以上のとおりであるから、被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、被上告人の請求を棄却した第一審判決は正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴を棄却すべきである。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
    最高裁判所第一小法廷
        裁判長裁判官  井嶋一友
           裁判官  小野幹雄
           裁判官  遠藤光男
           裁判官  藤井正雄
           裁判官  大出峻郎

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